彗星を見つけ出す最高の望遠鏡は口径10cm内外の双眼鏡と位置付けられていました。しかし、私が始めた1950年代には、高価なことで、あまり口径の大きな双眼望遠鏡は買えませんでした。せいぜいで50mm15倍程度の卓上型の製品を買って捜索の真似ごとをやったものです。 日本 ...

 私の一番最初に自作して天体望遠鏡は、シーソータイプと呼ばれる奇妙な形をした反射望遠鏡でした。遊園地で見かける、子供が乗って遊ぶ道具からヒントを得て製作したものです。後の四角いボックスの中には、口径10cmの反射鏡が入っています。そして前のボックスには、反射 ...

「奇妙なコメットシーカー」を語るにあたって、”天文冒険家”たる、池幸一氏を外す訳には参りますまい。"幸一ちゃん”はツアイス製のコメットシーカーに異常なまでに興味を示し、東京天文台に度々その技術資料の提供を求めましたが、どこの”馬の骨”とも知れぬアマチュアに ...

 前にも一度お話しましたが、このツアイス製の奇妙な彗星捜索鏡を使って発見したのは、東京天文台の下保茂技官でした。1936年7月、彼は天文台の構内で変光星を観測中に、突然明るい彗星が視野の中に入ってきました。しかし発見者が複数で「下保・コジック・リス彗星」と命名 ...

 今回はドイツのツアイス社が製作した世にも奇妙なコメットシーカー(彗星捜索望遠鏡)について、お話します。写真はツアイス社のカタログに出た口径20cmの彗星捜索儀です。 彗星を眼視的に探すという作業は18世紀ごろから20世紀にかけて、世界的に流行しました。しかし全 ...

 若い女性が習いに来ていたころの自宅での教室がなつかしいですね。写真は天文台のある芸西村から通っていた、当時女子大生の公文さんです。1967年頃で、その頃小学館の「少年サンデー」誌が取材にきて、彼女がギターレッスン中のモデルになってくれました。 取材は佐伯さ ...

 写真は1960年頃の上町の自宅の観測台です。物干し兼天文台という事で我が家では有名でした。1962年2月4日に、二つ目の彗星”関・ラインズ彗星を発見したころ、奇妙な現象を目撃しました。 早春のお墓参りの季節には、墓地の多い南の山では良く山火事が発生しました。しか ...

 1986年4月6日、ハレー彗星がさそり座の南を通って南半球に去りゆくとき、いて座付近の銀河宇宙の中心を撮影してみました。約2千憶の恒星があると言われている「天の川」ですが、これらの恒星がすべて太陽であって、地球の様な惑星を抱えていると思うと、宇宙人はいますね。 ...

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