今年の8月は、終戦から73年目の夏である。戦争の犠牲者を悼む気持は年と共に大きくなっていくが、戦争の傷跡は次第に薄れて、今では見つけることが難しくなった。ここ高知市は1945年の7月4日の未明に、B-29による大空襲を受け、市街の7割が焼失し、多くの犠牲者を出した。

 私の家のすぐそばに白壁と石垣の立派な蔵が坐っている。大理石が見事に削られて、蟻の通る隙間もないほどきっちりと揃っている。大変なテクニックの要る難工事だったと思うが、戦前にはこんな名工が沢山いて、時間をかけ作業に携わったものであろう。鏡川畔の散歩のときには、いつもこの蔵の前を通る。

 ここには大正から、昭和初期にかけての酒蔵があったという。大名屋敷を思わす様な立派な門構えの家で、広い庭の真ん中に、火災から大事な物を守るための蔵があった。この酒屋のおかみさんは私の母と親しく、よく行き来していた。大戦中は多くの家が戦災を逃れて田舎に疎開したが、この家ではある宗教の予言を信じて、一切疎開しなかったため、全焼したという。

 その時の名残が、この焼け残った蔵である。庭が広かったために火災はここで停まり、ここから東に三軒目の私の家は延焼を免れた。それから16年目の1961年、私は焼け残った家の屋上で彗星を発見することとなる。もし、あの時、戦災に逢っていたら、その後の生活環境も変わり、私の天体発見は無かったかも知れないと思う。私は暫く蔵の前に佇んだまま、運命の不思議さを考えていた。それは、正に”運命の奇遇”である。
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