今年の台風21号は、強い勢力を維持しながら西日本に上陸し、各地に甚大な被害をもたらした。このコースは1961年9月に日本列島を襲った「第二室戸台風」とそのコースが似ていると言われた。

 そう言えば思い出した。まだ彗星発見前夜の1961年9月中旬、私は東の「三嶺」と言う山に登った。確かに台風が来襲していた。室戸岬付近を北上したもので、私の登山ではそれほど影響しなかった。山からは台風で荒れる太平洋が髣髴として遠く眺められた。

 1950年以来の彗星発見を目指した、長い観測生活に疲れていた。事実上発見に敗北した重い体を揺さぶって登った。目標を失った今、登山は一つの修行でもあった。山での遭難なんかどうでもよかった。今は悪天候の中を、一歩一歩大地を踏みしめて登ることに意義があった。

 やがて頂上に立った。一瞬、空が晴れて西空に真っ赤な夕焼けが輝やいた。美しい夕焼雲を見た瞬間、私の心も翻然と輝いた。「そうだ!もう一度美しい宇宙を見つめるのだ。」そこにはもう、発見したい、という邪念はなかった。美しい宇宙の姿を追求するだけで、私は幸せだと悟ったのである。

 山から帰ってきて僅か1ヶ月。コメットシーカーを覗く私の眼は蒼い神聖な彗星の姿を捉えていた。正に無欲の発見であった。”Comet Seki”の発見電は東京からデンマークのコペンハーゲン天文台に通達され確認された。神は、遠くから私を見ていた。

(写真は、山に登ったころの筆者:1958年、石鎚山)
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