「関スイセイ発見」の電報は、東京天文台から、その日のうちに日本全国の天文台や研究機関に転電された。電報を受け取った倉敷天文台の本田実氏は、それを手にしたまま、じっと考え込んでいた。12年前に高知県の高校生から手紙を受け取った。その人は確かに”セキ〟といった。口径10cmの望遠鏡でも彗星は発見できるか?と聞いてきた。「できます!それはあなたの努力の如何にかかっています」と答えた。そして「関彗星の発見に期待しています。」と結んで励ました。
翌朝の4時、本田氏は指定された天空に望遠鏡を向けた。そこには8等級の青い美しい彗星が爛々と輝いていたのだ。早速天体写真機を向けて撮影した。
「関彗星、観測確認セリ」の電報は、直ちに東京に打たれた。そして、その日のうちに北欧デンマークのコペンハーゲン天文台に発信された。「国際天文電報中央局」である。
いよいよ自分で発見した彗星の軌道を計算するときがやってきた。アメリカの天文台では有名なカニンガム博士が軌道計算の役をになっていた。私は内外での精密位置観測から900年の長周期を持つ彗星の軌道を計算した。カニンガムは770年の周期を得た。特筆すべきは、この彗星が発見から1ヶ月後の11月中旬に、地球に接近して肉眼的な明るさに達することであった。
かくて同年の11月15日、私は自宅の観測台から彗星を見送った。3等級に輝く”関彗星”は、さよならも言わないで、私の眼界から徐々に消え去ろうとしていた。これから太陽系の遥か外郭まで旅を続けるのだ。「また900年の後に会おうぜ」
発見とその軌道の計算という夢がかなった私には、忘れる事のできない出来事となった。


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「関彗星、観測確認セリ」の電報は、直ちに東京に打たれた。そして、その日のうちに北欧デンマークのコペンハーゲン天文台に発信された。「国際天文電報中央局」である。
いよいよ自分で発見した彗星の軌道を計算するときがやってきた。アメリカの天文台では有名なカニンガム博士が軌道計算の役をになっていた。私は内外での精密位置観測から900年の長周期を持つ彗星の軌道を計算した。カニンガムは770年の周期を得た。特筆すべきは、この彗星が発見から1ヶ月後の11月中旬に、地球に接近して肉眼的な明るさに達することであった。
かくて同年の11月15日、私は自宅の観測台から彗星を見送った。3等級に輝く”関彗星”は、さよならも言わないで、私の眼界から徐々に消え去ろうとしていた。これから太陽系の遥か外郭まで旅を続けるのだ。「また900年の後に会おうぜ」
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