1965年10月21日に太陽大接近を遂げた彗星は、長いきらびやかな尾をなびかせながら南半球の空を南下していった。12月中旬頃までは日本でも見え、埼玉県の東京天文台堂平観測所では、撮影を試みたが写らなかった。15cmのファインダーでは結構明るく10等級で見えていた。アマチュアが3脚を立てて撮った35mmのフィルムカメラでも写っていた。それなのに天文台の大口径鏡で写らなかったのは、ミステリーである。それは彗星が極度に拡散していたからである。こんな場合は小さなカメラでもF数が明るければ写るという証明を得た。堂平観測所の主鏡はF5であった。(担当は富田氏)
写真は1965年12月中旬の「イケヤセキ彗星」最期の姿である。アメリカの星の出版社のD.ミロン氏が撮影した。華やかだった彗星も太陽コロナの焦熱地獄の中を通り抜けて焼けこがれたように見える。彗星はスミソニアンでの計算では880年の周期を得た。しかし彗星の核は二つに分裂した(3個ともいわれている)。
さて880年経ったらどうなるのか?二つの核は、それぞれ独立した彗星として並んで帰来するのか?それとも何年かの間隔を置いてやってくるのか。そしてその時の彗星の名はどうなる?その時まで元気で生きていたいね。!(^^)!
(写真は冬の天の川の中を去りゆくイケヤ・セキ彗星最後の姿)


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写真は1965年12月中旬の「イケヤセキ彗星」最期の姿である。アメリカの星の出版社のD.ミロン氏が撮影した。華やかだった彗星も太陽コロナの焦熱地獄の中を通り抜けて焼けこがれたように見える。彗星はスミソニアンでの計算では880年の周期を得た。しかし彗星の核は二つに分裂した(3個ともいわれている)。
さて880年経ったらどうなるのか?二つの核は、それぞれ独立した彗星として並んで帰来するのか?それとも何年かの間隔を置いてやってくるのか。そしてその時の彗星の名はどうなる?その時まで元気で生きていたいね。!(^^)!
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