先に”国策ハイヤー”に望遠鏡をセットして、彗星の追跡観測に大活躍した「幸一ちゃん」の話をしたが、「池谷・関彗星」の去った後の彼は、新彗星の発見を目指した天文台の製作に余念がなかった。彼は土佐市高岡町の自宅で電気商を営んでいたが、3階の屋上に、まだ誰も考案したことのない奇妙な彗星捜索台を自作した。
それは”国策ハイヤー”の幌の部分を改造して、大きい回転する台座に取り付け、遊園地で見かけるコーヒーカップの乗り物のように、一本の支柱を中心にくるくると回転するように考案した。望遠鏡をのぞきながら一回転すると、低空を360度見たことになる。こうして、角度を次第に上にあげ、最後には望遠鏡が天頂を向いて、クルクルと小さな円運動をするだけとなる。そして、その途中で〝スイセイ発見!”と行くところだが、なかなかそうは問屋が許さぬ。
至れり尽くせりの設計をして、全く成果が挙がらぬところが面白いところだが、彼は50年観測して一個も発見出来ぬ、という不名誉な結果を招来した。しかし実際に発見する人は、こんなおっこうな設備を持たぬものである。世界での彗星の発見は19世紀フランスに出たポンやメシエを最初と見るが、彼らは何の変哲もない小さな普通の望遠鏡を使っていた。口径は僅かに50mmの30倍。
ポンは生涯28個の新彗星を発見したが、彼はパリの天文台の門番をしていた。夜になると門のそばの繁みで、小さな望遠鏡を操って彗星の捜索に励んだ。冬は寒い吹きさらしである。夜通し観測して夜明けの僅かな時間帯に門番小屋で寝たという。彼の発見数は世界一である。(ポンとはいったいどんな人物だったろう?)無論会うことはできないが、彼が1827年に発見した「ポン・ガンバート彗星」が実に180年ぶりに回帰して、彼の努力の結晶である彗星と面会することが出来たのである。
(ゴンドラ式の観測室に乗り込む幸一ちゃん)


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それは”国策ハイヤー”の幌の部分を改造して、大きい回転する台座に取り付け、遊園地で見かけるコーヒーカップの乗り物のように、一本の支柱を中心にくるくると回転するように考案した。望遠鏡をのぞきながら一回転すると、低空を360度見たことになる。こうして、角度を次第に上にあげ、最後には望遠鏡が天頂を向いて、クルクルと小さな円運動をするだけとなる。そして、その途中で〝スイセイ発見!”と行くところだが、なかなかそうは問屋が許さぬ。
至れり尽くせりの設計をして、全く成果が挙がらぬところが面白いところだが、彼は50年観測して一個も発見出来ぬ、という不名誉な結果を招来した。しかし実際に発見する人は、こんなおっこうな設備を持たぬものである。世界での彗星の発見は19世紀フランスに出たポンやメシエを最初と見るが、彼らは何の変哲もない小さな普通の望遠鏡を使っていた。口径は僅かに50mmの30倍。
ポンは生涯28個の新彗星を発見したが、彼はパリの天文台の門番をしていた。夜になると門のそばの繁みで、小さな望遠鏡を操って彗星の捜索に励んだ。冬は寒い吹きさらしである。夜通し観測して夜明けの僅かな時間帯に門番小屋で寝たという。彼の発見数は世界一である。(ポンとはいったいどんな人物だったろう?)無論会うことはできないが、彼が1827年に発見した「ポン・ガンバート彗星」が実に180年ぶりに回帰して、彼の努力の結晶である彗星と面会することが出来たのである。
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