私が初めて出版した自伝「未知の星を求めて」は、1966年4月に東京の千鳥ヶ淵にある「ヘアモンド ホテル」でささやかな出版記念会を行った。この日、東京天文台から、台長の広瀬秀雄氏や下保茂氏、上野の科学博物館から村山定男氏。それに発見者の池谷薫氏ら30人が参加してくれた。誠文堂新光社の編集長の田村栄氏は「天文ガイド」を発行し始めたばかりで、特に関心をもって参加して下さった。実は「池谷・関彗星」の出現と共に、この雑誌が始まったのである。表紙に長い尾を引いた彗星の懐かしい写真が使われている。

 しかし本は必ずしも順調に売れたとは言えなかった。発行を前にして東京の印刷所が火災にあって全焼した。幸い本は出荷した後で8000冊ほどが奇跡的に市場に出た。東京朝日新聞が、書評を出してくれた関係もあって、人気はあったが、作者の元には印税が全く入らないという奇妙な結果となった。内容は天体の発見記であるとともに、一種の人生読本でもあった。読書第一号の手紙は、東京港区に住む日谷幸三さんという方だった。人生に敗れ、死を覚悟していた彼は、(もう一度、生きる努力をしよう)という力を得たという。後日、高知にやってきた彼とは、桂浜の海を共に歩き人生を語った。

 天文の世界では、若い多くの方が読んでくださって、国内では一種の彗星発見ブームが起こった。メーカーには小さなコメットシーカーの発注が急増した。戦後早々の、本田さんが活躍した時にもブームが巻き起こった。今回は戦後、2回目のブームと見てよいと思う。私は自分で発見し貢献したことよりも、この本の出版のほうが、より多く日本の天文界に貢献さしていただいたと真剣に思っている。
 この本の発行は、実に妙なところから、偶然日の目を見たのである。

(左から1966年、1973年、1993年の出版。未知の星を求めて)
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