東京の新宿に住む「神春」からの手紙は数十通に達したが、ある日を境にプッツリと途絶えた。何かの変化があったに違いないが、調べるすべもなかった。汚染された社会の中で懸命に美しいものを求めて生きようとした神春からの手紙には、いつも心を打たれるものがあった。それは”恋”というにはあまりにも冷静であったが、私を神格化し、その美しい偶像を勝手に作り上げて、愛し、それに向かって懸命に生きようとしていた。

 それは神春だけが例外ではなかった。本を読んだ多くの女性が、同じことを考えて、その理想像に向かって愛情を注いだ。生き甲斐を感じていた。しかしそれはどこまでも勝手に描いた男性の理想像であって世に存在しない。本人に会えばきっと幻滅を感ずるだろう。失望するであろう。会わないがいい、彼女たちが描いた偶像を壊さずに永遠の理想像として愛してほしい。これが私の希望であった。感受性の強い少女の神春は、何かで私の現実を知って、自分で描いていたイメージとの違いにショックを受けたのではあるまいか?

 それから何年かたったある日、私は足摺岬の灯台の下に立っていた。景色は雄大だった。今日も遠くの水平線に白い汽船が浮かんでいた。外国航路の船であろう。その船にふと灯台の下に一冊の本を残して、海に身を投じたカミハルの魂が乗っているような気がして、思わず「カミハルー」と、心の中で叫んだ。やがて船は球形の水平線の彼方に消えていった。

(写真は「未知の星を求めて」の出版記念会の時の記念写真。東京天文台長の広瀬秀雄博士、下保茂技官、上野の科学博物館の村山定男氏、池谷薫氏らの姿が見える。)

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