国内で「彗星会議」と名のつく研究者の会合が開かれたのは、今から遠く1954年-1955年の事であった。現在毎年開かれている「彗星会議」の始まりは1971年3月、愛知県の蒲郡市が最初であった。その動機は1970年の暮れに発見された”小島彗星”(1970 Y1)が、アマチュアによる珍しい写真発見で、将来への可能性に向かって、国内の熱心家を集め彗星研究の会合を開こう、というものであった。
計画は成功し、全国から50名近い学究やアマチュアが集まり、意見が交換された。中でも日本での彗星界の大御所、神田茂氏や、国内での天体写真のパイオニア清水真一氏(ダニエル彗星の発見者)の顔も見え、東京天文台の先生や、学生の若い研究者も多くいた。
今年は49回目として、6月に東北の大崎市で開かれ、来年は記念すべき50回目として高知市が予定されている。しかし最近は若い参加者が少なく、最初集まったメンバーが中心となって年を重ねていく感じで、将来に対する不安がないでもない。2020年に高知市の「みらい科学館」で開かれる彗星会議は、その名も”未来”に向かっての若い人たちを含めた、新しい会議の第一歩にして行きたい、との希望もある。
(写真は1971年3月、愛知県での第一回彗星観測者会議での会合風景)


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計画は成功し、全国から50名近い学究やアマチュアが集まり、意見が交換された。中でも日本での彗星界の大御所、神田茂氏や、国内での天体写真のパイオニア清水真一氏(ダニエル彗星の発見者)の顔も見え、東京天文台の先生や、学生の若い研究者も多くいた。
今年は49回目として、6月に東北の大崎市で開かれ、来年は記念すべき50回目として高知市が予定されている。しかし最近は若い参加者が少なく、最初集まったメンバーが中心となって年を重ねていく感じで、将来に対する不安がないでもない。2020年に高知市の「みらい科学館」で開かれる彗星会議は、その名も”未来”に向かっての若い人たちを含めた、新しい会議の第一歩にして行きたい、との希望もある。
(写真は1971年3月、愛知県での第一回彗星観測者会議での会合風景)

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