1986年、ニューカレドニアで会った人は小松さんという童話作家であった。小説でハレー彗星の事を書くので、我々の観測隊に参加して、南の地に見にやってきたという。彼の父も、又作家であった。昭和17年の戦時中に、ある子供向けの新聞に科学小説を連載していたという。そして、物語も最後の大詰めに来たとき、召集の赤紙が来て戦場に行った。そして戦死。それについて私に思い出すことがあった。
小学5年生くらいの時だった。いつも読んでいた「少国民新聞」に南極大陸を舞台に日本の青少年が活躍する物語があったが、ある時、南極点に近い氷山で大きなクレーターを発見する。ところがその穴の底から、音楽が聞こえてくるというのだ。”南極大陸の底に未知なる都会がある”という事で、いよいよ探険に乗り出そうというとき突然連載は中止された。なんと作家に召集令がきて、あとが書けなくなったのだ。
「一体物語はどうなるだろう?」と、多くの読者に惜しまれながら、その物語は永久に消えたのである。この後埋めの役で登場したのが、海野十三の「火星兵団」であった。知能の発達した火星人と、地球の科学者との闘争を描いた小説であったが、物語の中で”摂動論”を巧みに取り上げて、巨大彗星と地球の衝突を回避する場面は、さすが科学者が書いた小説であったと思う。毎朝早く起きて、新聞の配達を待った。そして宇宙に憧れ始めた。
(写真は1962年頃の関天文台)


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小学5年生くらいの時だった。いつも読んでいた「少国民新聞」に南極大陸を舞台に日本の青少年が活躍する物語があったが、ある時、南極点に近い氷山で大きなクレーターを発見する。ところがその穴の底から、音楽が聞こえてくるというのだ。”南極大陸の底に未知なる都会がある”という事で、いよいよ探険に乗り出そうというとき突然連載は中止された。なんと作家に召集令がきて、あとが書けなくなったのだ。
「一体物語はどうなるだろう?」と、多くの読者に惜しまれながら、その物語は永久に消えたのである。この後埋めの役で登場したのが、海野十三の「火星兵団」であった。知能の発達した火星人と、地球の科学者との闘争を描いた小説であったが、物語の中で”摂動論”を巧みに取り上げて、巨大彗星と地球の衝突を回避する場面は、さすが科学者が書いた小説であったと思う。毎朝早く起きて、新聞の配達を待った。そして宇宙に憧れ始めた。
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