高知市介良(ケラ)の南に、やや低い連山がある。昭和20年の5〜6月に私は本土防衛を担う学徒として、陣地作りに動員された。僅か14歳の少年だった。アメリカを中心とする連合軍が南から本土に迫り、敵前上陸して来る軍勢を山の上のトーチカから迎え討つというもので、低い山を北から南にトンネルを貫通させ海岸の見える山肌に大型の機銃をすえた。眼下には美しい海が見えた。

 しかし工事は難航し予定から大幅に遅れていた。トンネルを掘削する大型の機械はまだなく、兵隊たちが、つるはしやスコップをふるって掘っていった。落盤事故で多くの兵士が戦わずして犠牲になった。その都度大工出身の兵士が、白木の棺桶を作っている光景はいかにも哀れであった。学生たちも頂上に大きな木材を運ぶという過酷な作業で怪我人も多く出た。高知市付近は、都会を空襲する連合軍の爆撃機のコースに当たっていた。超高空を飛ぶB-29のジュラルミンの機体の美しさは夢のようだった。

 こんな時、誰かが美しく光る昼間の星を発見した。「爆弾」だとか「落下傘」だとか言って騒いだが、今思えば、あれは東方最大離角のころの金星(宵の明星)だったと思う。その頃の土佐の空は深い藍色に澄んで、日中でも明るい星が観察されたのである。その約一か月後にB-29の編隊による高知市の大空襲があり、町の大半が焼失した。
 あれから74年たったが、介良・稲生の山々は何事もなかったかのように、当時のままの美しい緑に包まれていた。

(写真は介良川から見た介良・稲生の連山)

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