香川県高松市の沖の、瀬戸内海に浮かぶ大島の「青松園」は、昔からハンセン病患者を収容する施設であった。1961年の秋、一人の未知の患者から突然一通の手紙が届いた。山脇瞳さんと言う女性からだった。

 なんでも彼女は中学生のころ、突然ハンセン病にかかり、この大島の施設に隔離された。以後15年間も、家族から離れて一回も家に帰っていないという。極度の苦しみと寂しさの中にも、何か生き甲斐を見つけようとして励んだ。彼女は自らを”サインマニア”と称して、有名な人たちからサインをもらう事を趣味としていたという。

 1961年10月、「セキ彗星」発見のニュースを新聞で知ると早速サインを求めてきた。そして自分の身の上を語った手紙の最後に「この手紙は完全に消毒されていますから、どうか安心してお読みください」と言う断りが、毎回記されてあった。これを見ても、国の誤った判断から、ハンセン病の患者自身が、伝染病であることを自覚していたことが分かる。

 故郷が高知県であったという彼女は、同郷の私に特に愛着を持っていたらしく、三日にあけず手紙を書いてきた。そして夜の観測で無理をしない様に、という心使いが感じられた。私も事ある度に星の話をした。そして人生観を語った。不幸な彼女を少しでもなぐさめようとした。それは恋と言うには余りにも冷静であったが、暗い施設の中で彼女は私を慕い、いつの間にか、お互いの心の中に信頼と、ほのぼのとした愛情が育っていくのであった。

 そして5年の歳月が流れた。久しぶりに来た手紙には、趣味で工作したらしい私の判が収められてあった。大きい星(☆)の枠組みの中に「関」と美しく彫られてあった。「関さまがいつまでもお星さまに包まれて良いお仕事が出来るように、祈りを込めて彫りました」と記してあった。そして「いつの日にか遠いお星様の世界でお会いできます様に、いつまでも、いつまでもお待ちしています」と書かれてあった。
 こうして彼女からの便りは永遠に絶えた。

(写真はオリオンの大星雲。オリオン星座の中に”オリオン霊園”があると言われている)
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