小学生のころには、遠足で高知市の南に聳える鷲尾山(300m)によく登った。南には眼下に浦戸湾や太平洋が見え、正に絶景だった。成人してからは、四国の山で大自然がそのまま残されているという三嶺(1880m)に登った。彗星発見を志しながら果たせず、苦難の人生を歩んでいる時だった。山に何ものかを求めて登った。

 当時の国鉄のバスで、山に一番近い「影」というところで下車し、山道を一人てくてくと歩いた。低い山を一つ越えると美しい渓流に出た。広い川原のキャンプ場を通った。そして、ふすべより谷の渓流を登ること3時間にして、ようやく三嶺の尾根にたどりついた。
 南に金波、銀波に輝く太平洋を遥かに望み、北には遠く瀬戸内海の彷彿たるを見た。こうした雄大な景観を見ていると、彗星発見にかけた自分の努力の如何に小さいかを悟った。この広大な宇宙の中に新しい星を発見して宇宙を支配するのだ。そのためには平凡な努力ではできない。更なる努力の必要なことを知った。

 山小屋にたどり着いてほっとして夕焼け空を見たとき、私の心は洗練された。いたずらに発見にこだわることなく、宇宙という美しい世界を、いつまでも追及しよう、という精神が翻然と沸いたのである。(たとえ彗星が発見出来なくても、誰も知らない宇宙の美しさを鑑賞できるだけで、幸せではないか)という、いわゆる諦悟の精神に目覚めたのである。

 山ではほかに登山者はいなかった。広いがらんとしたヒュッテの中で寝る準備をしていると、ふと枕元にある登山者名簿を発見した。めくってみると単独で登った人や、団体の登山者の多くの人の名前があった。しばらく見ているうちにある意外な人物の名前を発見して愕然とした。そして自分の眼を疑った。「岡本敬一」。私は、しばらく茫然として虚ろに、ただ天井を見つめていた。
 その人物は、かって高校生の時、友人と彗星を観測しているときにも現れた。とっくに、この世にはいないはずの人物だったのである。

(写真はみうねの遠望。中央の一番高い山が三嶺。その右の遠くが剣山と次郎ぎゅう)
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