芸西天文台が完成(1980年)してから間もなくのことだった。天文台のドームの中で、秋の夜長を盛んにすだく虫の音を聞きながら観測していると、突然何者かがコツコツとノックした。夜中の来訪者は怖い。「どなたですか?」というと幽霊のような小さなしわがれた声で、「関君、やっているかい。僕だよ、ほら君を教えた岡本先生だよ」と答えた。
 「えっ、岡本先生ですって?岡本先生は大陸で戦死されたはずです。あなたは一体誰ですか?」と問いかえした。すると闇の中の声はややはずんで、、「そう思うのも無理はない。確かに僕は中国の戦線で戦士したことになっている。ところが事実は少し違うんだ。僕は出征して上海に行った。この時、占領下の上海にいる日本人の子供たちを教育する任務に就いた。つまり先生が足りなかったのだ。そこで太平洋戦争が勃発して敗戦となったが、ある中国人に助けられて捕虜にならなくてすんだ。しばらく上海に滞在していたが、このたびやっと帰国が出来た。しかし家族も家もなく、今は天涯孤独の身さ。君の事は、あちらのニュースでも聴いた。”イケヤ・セキ彗星が、大陸の空に長い尾を引いて輝く姿はすばらしかったぜ。中国の子供たちにも僕の教え子が発見した彗星だと言って教えてやったよ。関君、久しぶりにお話がしたい、早くここを開けてくれたまえ。」

 私はこの時夢からさめた。オリオンの輝く秋の星空の下、彗星の捜索に熱中し、ふと
望遠鏡にすがって、一眠りしていたのであった。
 

 ドアをそっと開けて、外を見た。無論岡本先生の姿はない。暗闇の彼方の空にはあのオリオン星座が何事もなかったかのように輝いているのであった。
 
 さて読者諸兄姉よ、岡本先生は本当に実在するのだろうか? あの三嶺の山小屋での同姓同名のサインは?
 この物語の中で、再び本物の岡本先生が登場する日の訪れるこ
とを祈ろう。

(写真は天文台のドームの中から見たオリオン星座)
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