今年の夏は特に雲の多い暑い日が多かった。台風が沢山来たわけでもないが、快晴で星がよく見える日が少なかった。芸西天文台では、夏休みのころが一番多くの観測会やそれに類する天文教室が開かれるが、まずは本物の星は良く見えなかった。

 私は1950年から本格的な彗星の観測を始め、その間ずーっと日誌をつけてきたが、その中でも、2月と7月が最も天気が悪かった。季節の変わり目である。晴天率も年によって随分と差があって、1953年の如きは100日以上観測できた。彗星の捜索は快晴の条件が必要だから、雲一つない快晴の日が続いたわけだ。

 一方気温であるが今に比べて全然低かった。1953年の如きは氷点下7度の日が二日三日と続いた。そうなるといかに寒さに対する防備をしていても長時間の観測が困難になる。極寒で腕時計は止まり、息することさえ困難を感じたことがあった。観測の大敵はやはり寒さだった。本当に苦労して、情熱をかけた頃には発見は全くなく、努力が実ることも無かった。

 敗北の数年が続いた。観測を忘れた日々が流れた。しかし”発見者”への執念は強く、修行をかねて山に登った。よく人魂(火玉)の出ると言われた小高坂山の墓地に夜中に座って修行した。発見するための強靭な精神力が欠けていたのである。
 速やかに変化する夏雲を見ていると、発見のために苦闘した若いころの、様々な思い出が浮かんでくる。

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