1948年春、北海道の礼文島で、戦後初の金環日食があった。ここ高知市でも相当に欠け、中学校の校庭で、この神秘な現象を観察した。そしてその年の初冬、「ホンダ彗星」が突然出現して話題となった。星の好きな友人と観測の真似ごとをやったことは前にも記した。その後、18歳の高校生は本田さんに手紙を書いて指導を乞うた。

 20歳になって、ようやく観測所が完成した。製紙工場の用水タンクで、第二次大戦中に空襲で焼失した工場の廃墟だった。中に木造の床を作り、その上に自作の10cm反射望遠鏡を据えた。こうして1950年の8月から、晴れの観測のスタートを切ったのである。無論すぐには発見に至らなかったが、1952年2月には24Pショーマス周期彗星の異常な光度変化を観測し、また同年6月にはペルチャー彗星(1952M2)の日本最初の発見に成功した。そして1956年10月にはクロムメリン周期彗星の独立発見に成功し、注目されるようになった。

 1960年には観測所を自宅の中庭に戻した。人口20万の高知市の空は、まだそれほど悪くはなかった。5年間の空白はあったが、1961年10月、待望の新発見に成功した。当時の観測所(写真)は、それ等の成果を支える礎となったのである。何もかも全自作。便利な完成品の多い今では考えられないことだが、現代とは勢いが違っていたのである。

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