2010年頃役目を終えた芸西天文台の60cm反射望遠鏡の下での記念撮影です。
向って右が、この望遠鏡を設計した元、五藤光学研究所の望月征司氏です。会社を退社後も懐かしんで何回か自分の作った望遠鏡を見に芸西にやってきました。
しかし、製作から30年を経て老朽が進むと共に新しい時代のシステムについていけず、遂に引退を余儀なくさせられたのです。
60cm反射鏡の引退を惜しんだのは設計者の望月さんであり、使い手の私でした。でも、この望遠鏡を設計した望月さんの名は、この望遠鏡で発見した小惑星に(21089)Mothizukiと命名され、彼の優れた技術は永遠に宇宙に輝いています。
この60cmの鏡はハレー彗星を始めとする数々の彗星の姿を写し、そして沢山の小惑星を記録しました。五藤光学が総力を挙げて製作した望遠鏡ですから反射鏡を始め、すべてがよくできています。私は望遠鏡を他社に変えるよりも、今までの優秀な光学系を生かして、メカニズムの一部を近代的なCCD撮影のシステムに切り替えるのが経済的で良いのではないか、と提案しましたが、所詮、望遠鏡を管理する行政と科学は無縁のもの、最も当たりさわりの無いように事務的に外国に旅だって行きました。
このブログに使用しているような迫力のある広角の天体写真は、新しい70cmでは撮れません。60cmの名鏡が残した数々の作品を、今こそお見せして行きたいと思っています。

向って右が、この望遠鏡を設計した元、五藤光学研究所の望月征司氏です。会社を退社後も懐かしんで何回か自分の作った望遠鏡を見に芸西にやってきました。
しかし、製作から30年を経て老朽が進むと共に新しい時代のシステムについていけず、遂に引退を余儀なくさせられたのです。
60cm反射鏡の引退を惜しんだのは設計者の望月さんであり、使い手の私でした。でも、この望遠鏡を設計した望月さんの名は、この望遠鏡で発見した小惑星に(21089)Mothizukiと命名され、彼の優れた技術は永遠に宇宙に輝いています。
この60cmの鏡はハレー彗星を始めとする数々の彗星の姿を写し、そして沢山の小惑星を記録しました。五藤光学が総力を挙げて製作した望遠鏡ですから反射鏡を始め、すべてがよくできています。私は望遠鏡を他社に変えるよりも、今までの優秀な光学系を生かして、メカニズムの一部を近代的なCCD撮影のシステムに切り替えるのが経済的で良いのではないか、と提案しましたが、所詮、望遠鏡を管理する行政と科学は無縁のもの、最も当たりさわりの無いように事務的に外国に旅だって行きました。
このブログに使用しているような迫力のある広角の天体写真は、新しい70cmでは撮れません。60cmの名鏡が残した数々の作品を、今こそお見せして行きたいと思っています。

コメント
コメント一覧 (1)
早速の記事に60cmを取り上げていただき、また過大な評価をいただいて恐縮です。現在は中東レバノンのノートルダム大学で第二の人生(?)を送っていますが、関さんの業績に恥じぬ活躍をしてくれることを願っています。
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