ここは四国山脈の一角、東黒森山の南斜面にある隕石坑らしい池です。有名な関西一の高峰「石槌山」の東に連なる山です。若いころ縦走をしていて偶然発見しました。
 池の近くの立て看板には「神鳴らし池」と書いて、なんでも大音響とともに一晩にして池が出来たとの説明があります。地質学者は、「こんなところに池が出来るのは不自然であり、おそらく大規模な地滑りによって、できたであろう。」と説明します。隕石坑と考えると解決はいとも簡単ですが、さすがそこまで想像が至らなかったでしょう。しかしそれも確かではありません。

 隕石として確信するようになったのは、二度目にやってきた時、山で作業していた地元の人に会った時です。池の話をすると比較的最近、池の底から岩石が発見され、村役場に保管されている、という話を聞いた時でした。場所は高知県と愛媛県の境界付近で、いったいどちらの管轄だろうと迷いました。その後天文台の故、岡村講師と調査に行きましたが、何も新しい発見はありませんでした。

 1910年(明治43年)あのハレー彗星がやってきた時、高知県の高岡第1小学校では授業中に大音響がして、生徒も先生も校庭に飛び出したそうです。上を見ると隈なく晴れた青空を南から北に横切るようにくれない色の雲が流れ、恐ろしいばかりの異様で複雑な様相を呈していたそうです。
「見よ!隕石の落下だ!!」と先生が叫びました。この事実は当校の小学校の校誌に記録されています。隕石は方向からして、四国中央山地の方に落下したようですが、未だ発見されていません。

 この隕石落下と「神鳴らし池」をくっつけるのは、いささか早計ですが、何か関連がありそうな気がします。隕石は大体が不便な山奥や海に落ちることが多いので、なかなか科学者の目が届かないようです。昔、瀬戸内海の多度津町沖に、隕石が落下したという事で多くの目撃者があり、村山定男氏らが潜水艇を出して、海底の大規模な捜索をしたことがありますが、その後、多度津沖の海で漁をしていた目撃者が現れて、私に火球は海面まで届かなかったことを証言しました。

 それはそれとして、謎の「神鳴らし池」はその後どうなったのか? この秋にでも見に行って、また報告しましょう。

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