ドノホーメダルとは、アメリカの太平洋天文学会が新彗星の発見者に贈った発見賞のメダルです。表に美しい彗星がデザインされ、裏には天文学会の名と共に発見者の名が刻まれています。
これは戦前から戦後にかけてアメリカの富豪ドノホーの寄付によって続けられたもので、この名誉ある受賞に多くのコメットハンターズはあこがれました。
日本では東京天文台の下保茂さんや倉敷天文台の岡林さん、本田さんなんかが受賞されました。残念ながら私はもらったことがありません。
このメダルを初めて見たのは1950年代の初めに高知県佐川町の山崎正光さんのお宅でした。1928年の「ホルベス・山崎彗星」の発見によって授与されたもので、彗星はのち大英天文協会のクロムメリン博士の研究によって、過去に出現していた周期28年の既知の彗星であることが判明し、山崎さん等の名は消えました。
このメダルはその後、山崎さんの勤めていた岩手県の国立天文台(旧、水沢緯度観測所)に寄付され保管されています。10年ほど前に奥州市で講演会があった時、私が天文台を訪れ、実に55年振りにメダルと再会しました。
金色に輝くメダルは些かも光沢を失うことなく、永遠に山崎さんの功績を讃えているようでした。


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これは戦前から戦後にかけてアメリカの富豪ドノホーの寄付によって続けられたもので、この名誉ある受賞に多くのコメットハンターズはあこがれました。
日本では東京天文台の下保茂さんや倉敷天文台の岡林さん、本田さんなんかが受賞されました。残念ながら私はもらったことがありません。
このメダルを初めて見たのは1950年代の初めに高知県佐川町の山崎正光さんのお宅でした。1928年の「ホルベス・山崎彗星」の発見によって授与されたもので、彗星はのち大英天文協会のクロムメリン博士の研究によって、過去に出現していた周期28年の既知の彗星であることが判明し、山崎さん等の名は消えました。
このメダルはその後、山崎さんの勤めていた岩手県の国立天文台(旧、水沢緯度観測所)に寄付され保管されています。10年ほど前に奥州市で講演会があった時、私が天文台を訪れ、実に55年振りにメダルと再会しました。
金色に輝くメダルは些かも光沢を失うことなく、永遠に山崎さんの功績を讃えているようでした。

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コメント
コメント一覧 (2)
暖かいご声援のコメントを戴き有難うございます。
天文を始めて半世紀になりますが、その間に経験した不思議な天体現象や
皆様方との美しい交流を描いて行きたいと存じています。
これからも一層のご指導を御願い申しあげます。
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