真冬の鏡川畔を散歩していたら、忠霊塔の立っている近くのチャンピオンの記念碑の前に来た。記念碑の前には一面の花畑である。無論チャンピオンのための花壇で、四季折々の花でうずまる。

 チャンピオンはアメリカの飛行士であった。大正3年の秋、自作の複葉機で高知市を訪れ多くの市民の仰ぐ中、数々の曲芸飛行を見せた。日本ではまだ飛行機のめずらしい時代で、晴れた秋の大空を宙返りや旋回、そしてエンジンを止めての”木の葉落とし”等の妙技に、多くの市民は瞠目した。

 午後になってチャンピオンは観衆からのアンコールに応えて、朝倉の練兵場から二度目の曲芸飛行に飛び立った。しかし高空で飛行中に突然の不幸が襲った。複葉の木製の羽根が、片方折れてひらひらと空中に舞った。木製の機体は物凄いスピードで落下し鏡川の南側の田んぼに墜落した。

 チャンピオンの遺体はモッコにくるまって、前うしろを人がかいて市民病院に向かった。その途中、通町の私の家の前で一休みしたという。遺体には無数の草や土がくっついていた。私の母は土を払い、折から庭に咲いていた菊の花を供えて冥福を祈ったという。
 翌年の大正4年4月に、主催者が墜落した近くの鏡側畔の土手に立派な記念碑を建てた。その場所はチャンピオンのお墓でもあった。あれから100年たった。今でもチャンピオンのお墓には、お供え物をして拝む人が絶えない。

 20年ほど前にチャンピオンの家族の方から、高知新聞社に問いあわせがあった。それはチャンピオンの最期について知りたい、というものだった。私はH記者を通じて上の事実を家族(チャンピオンの孫)に伝えてもらった。ちょっとした取るに足らない母の善意だったが、きっと家族の方は安心したであろうと思う。
 アメリカの家族の方が、もしこのブログを見るチャンスがあったとしたら、異国の地に没した本人は、今も大事にされていることを知って喜ぶことだろうと思った。

追記
チャンピオンはその後1996年に芸西で発見した小惑星8732に"Champion"と命名され、今は大宇宙を自由に飛んでいます。
(写真は高知市柳原のチャンピオンの墓地にて)

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