1960年から70年までの私は、上町の自宅の物干し台を改造した天文台を使用していた。6個の新彗星は、すべてここで発見した。「池谷・関彗星」を発見した手作りの9cm屈折鏡は、1967年の第二関彗星の発見から、12cmの双眼望遠境に変わった。経緯台には精密な方位環と高度環が付いており赤道儀並みの正確な天体の位置が出せた。

 一方確認用の21cm赤道儀が加わった。F5の小島鏡で、この望遠鏡は1971年に芸西村に移動し、1974年に15Pフインレイ周期彗星をに検出した。世界の大口径望遠鏡の中に伍して発見したもので、正にアマチュア精神。その後の芸西での多くの周期彗星検出の口火を切ったものである。

 小島彗星の発見と共に消えたネウイミン第二彗星については、その後も捜索した。しかし行方は杳として知れず、歳月と共に世間から忘却の一途をたどった。この彗星は過去にかなり木星に接近したことがあったはずである。しかし正しい摂動計算を行えば行方不明になることは無く、軌道が力学的に説明できなくなるほどに変化することもない。しかし、私には妙に引っかかる。こんな愚考をした。

 ある時彗星は太陽からの強い熱をためて、大爆発を起こした。当然彗星には力学では説明がつかないロケット効果が生ずる。その結果が今の小島彗星を生んだのではないか?と。その様な拙劣なことを考えたくなるほどに、今回の”ネウイミン〜小島彗星”は心に引っかかるのである。

(写真は1971年頃の物干し天文台)
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