天文台から少し北の山に入った古池である。ある日彗星が見事な影を落とした。有名な、ヘール・ボップ彗星である。
 池は、明治の昔から妖怪の住み家だった。地元の長老によると、カッパや猿猴、けとば(かわうそ?)なんかが住んでいいたという。

 猿猴とは河童に似た泳ぎのうまい動物の事で、私の所属していた水泳クラブは「えんこう会」である。高知県出身の推理作家、森下雨村の最後の作品に「猿猴川に死す」という小説がある。

 沢山の妖怪が住んでいた沼に、彗星という宇宙からの光が射した。彼らにとってありがたくない文明が忍び寄ってきた。今はもう妖怪などはいない。天文台周辺の風物も近代化が進み、天文台の空も都会並みに明るくなった。妖怪がいてもいい。昔の美しい星空が欲しいのである。と、「今晩わー」とドアの外で豆狸(まめだ)の声を聞いたような気がした。”土佐わらべうた”に登場する妖怪の豆狸である。外に出て見ると怪しい影はなく、ドームの上には東方最大離角の頃の金星が、マイナス5等級の強い光を煌々と投げかけていた。

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