天体を観測するとき、双眼鏡があれば便利である。特に水星のように地平線上に低く、光度の弱い惑星には、肉眼での観測を助ける。また彗星は太陽に近い地平線上での観測が多く、私は常時双眼鏡を活用している。今年の5月下旬に太陽に接近して明るくなる”アトラス彗星”の観測には常時、薄明の中で、双眼鏡が活躍することになるだろう。

 写真の左側は口径50mm、7倍の標準的な双眼鏡(ベガ)である。半世紀の昔、彗星発見の副賞として日本光学からいただいたもので、いまでも天文台での観測会で活躍している。写真の右は明治時代にフランスから渡ってきたプリズム無しの双眼鏡で倍率はわずかに3倍。これには歴史がある。

 明治37〜8年の、日ロ戦争で、日本軍が旅順の要塞(203高地)を攻めた時、土佐44連隊の連隊長が持っていた双眼鏡である。乃木第3軍と行動を共にした44連隊は、果敢に総攻撃をかけて、おびただしい戦死者を出した。難攻不落と言われた要塞も、何回かの総攻撃で遂に陥落したが、実は私の祖父(丑郎)は、この時一兵卒として戦った。

 ところが、不思議な縁で、連隊長だった和智氏は、関家の家の柿根を挟んですぐ南側に住んでいた。よく大変だった当時の戦争について話し合ったそうであるが、ある時、連隊長が使っていた双眼鏡を「共に戦った記念に」と渡してくれたそうである。当時の海軍は、近代的なプリズム式の双眼鏡を使用していたが、陸軍は旧式の”ガリレオ式”のものを使っていた。

 ある晴れた日、これで二階の窓から南の鷲尾山をのぞいた。遠く、石油色にかすむ緩やかな山のスロープが、記録映画で見た”203高地”の如く見えた。100年以上も昔の戦場の様子が、この小さなレンズの中に蘇った気がした。


IMG_1828


にほんブログ村 科学ブログ 天文学・天体観測・宇宙科学へ
にほんブログ村