4月も中旬になったのに、風の強い寒い日が続く。そんなある日暮れなずむ西の空に美しい夕焼けが展開した。
武井守成の作曲した「夕焼け」と言うギターの曲が夕空を眺める私の心のなかで響きはじめた。美しいトレモロの曲である。
夕焼けとの出会いは子供の頃からあった。人口わずか18万の高知市の空には幻想的な夕焼けが展開した。わらべうたには良く夕焼けが登場する。30歳を目前にして、高い山で出会った夕焼け空は、それまでの私の人生を―転させた。正に私の人生の逆転劇であった。
若い頃から新しい彗星を発見することが私の夢であり理想であった。しかし20年の歳月が流れ、うだつの上がらなかった私は、山に何者かを求めて登った。一歩一歩大地を踏みしめて登るとき、必ず明るい頂上に到達する。折からの風雨にさらされながら登っていく自分の姿を、天体観測の道に置き換えた。いずれは発見に到達するはずだった。しかしその努力と忍耐に耐えられず私は敗退した。
苦労して「三嶺」の山頂に到達した時、空は奇跡的に晴れて、無類の美しい夕焼け空が展開した。その赤い夕焼けを見た時、私の心は翻然と翻った。低迷していた私の心に与えられた答えは簡単だった。何のことは無い。(発見者になれなくてもいいではないか)と言う教えであった。
私は”発見”と言う名誉にあまりにもこだわっていた。その結果として、天文家としての大事な心を忘れていた。「発見はしなくともよい。もう一度この素晴らしい星空に陶酔するのだ。」登りとは全く違った晴れやかな明るい心で下山した私は、再びリラックスした心で天体観測を始めた。”無欲恬淡、ただ無心に星を見る”この心に気づいたときが、私の本当のスタートであった。
それから僅か一か月後の1961年10月11日、新天体”関彗星”の発見に成功したのであった。正にそれは玲瓏と輝く新彗星の発見であるとともに「忍耐は必ず報われる」という魂の発見でもあったのである。


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武井守成の作曲した「夕焼け」と言うギターの曲が夕空を眺める私の心のなかで響きはじめた。美しいトレモロの曲である。
夕焼けとの出会いは子供の頃からあった。人口わずか18万の高知市の空には幻想的な夕焼けが展開した。わらべうたには良く夕焼けが登場する。30歳を目前にして、高い山で出会った夕焼け空は、それまでの私の人生を―転させた。正に私の人生の逆転劇であった。
若い頃から新しい彗星を発見することが私の夢であり理想であった。しかし20年の歳月が流れ、うだつの上がらなかった私は、山に何者かを求めて登った。一歩一歩大地を踏みしめて登るとき、必ず明るい頂上に到達する。折からの風雨にさらされながら登っていく自分の姿を、天体観測の道に置き換えた。いずれは発見に到達するはずだった。しかしその努力と忍耐に耐えられず私は敗退した。
苦労して「三嶺」の山頂に到達した時、空は奇跡的に晴れて、無類の美しい夕焼け空が展開した。その赤い夕焼けを見た時、私の心は翻然と翻った。低迷していた私の心に与えられた答えは簡単だった。何のことは無い。(発見者になれなくてもいいではないか)と言う教えであった。
私は”発見”と言う名誉にあまりにもこだわっていた。その結果として、天文家としての大事な心を忘れていた。「発見はしなくともよい。もう一度この素晴らしい星空に陶酔するのだ。」登りとは全く違った晴れやかな明るい心で下山した私は、再びリラックスした心で天体観測を始めた。”無欲恬淡、ただ無心に星を見る”この心に気づいたときが、私の本当のスタートであった。
それから僅か一か月後の1961年10月11日、新天体”関彗星”の発見に成功したのであった。正にそれは玲瓏と輝く新彗星の発見であるとともに「忍耐は必ず報われる」という魂の発見でもあったのである。

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