勤労奉仕の現場から、急遽電車を利用して家に帰った私を待ち受けていたのは母でした。「お前さん、うちに爆弾が落ちたよ」と蒼白な顔をして語りました。しかし上町二丁目の我が家は立派に残っています。落ちたのは住宅に隣接した北側の製紙工場の方でした。私の家は代々が紙会社でした。土佐特有の和紙の手漉きで、高知県の伊野町に起こった紙の産業を私の祖父兄弟が受け継いで、大正年代から高知市で始めました。和紙の需要は全国からあり、昭和20年頃まで栄えました。

その日、B-29が西南方向から低空で侵入してきて爆撃しました。今までは高空から無
差別に爆撃を行っていたのですが、今回は低空から私の工場を狙って投下したらしいのです。(こんな小さな町工場を狙って、なぜだろう?)との大いなる疑問が生じたのですが、工場には私の知らなかった重大な秘密が隠されていたのです。その秘密とは実に奇想天外な、しかも敵国にとっては恐るべきものだったのです。

焼夷爆弾の直撃によって工場の屋根に大穴が空き、油脂が一面に飛び散りましたが、幸い
部屋がコンクリートで出来ていたため延焼には至りませんでした。近所の人たちが日頃訓練した水バケツのリレーによって火を消し止めました。
工場長は私の父でしたが、工場は軍需工場に指定され、完全に秘密が守られていました。
街にはスパイが横行していました。そんな中、工場では一体何をやろうとしていたのか?
やがてその驚くべき秘密が解ける日がやってくるのです。

写真は被弾した直後の関製紙工場のロール場
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