この4月28日に、東方最大離角の頃の宵の明星、金星が最大の光を発揮します。その光度はマイナス4.5等と言って半月並みの明るさになります。宵闇の中に怪しく輝く金星には、多くの人がUFO(未確認飛行物体)とて騙されました。
10年程昔になりますが、高知県のある小学校の校長が、これをビデオに撮って放送局に持ち込みました。民間放送でしたが、高知市にUFO現るとてTVで放映されました。盛んに流れる雲の中に輝く金星は、逆に金星が飛んでいる様に見えます。
昭和19年の戦時中に、勤労奉仕で山に出かけていた私たち中学生は、昼下がりの九天に輝く光体を発見しました。しかし、誰も天体とは気がつかずに、敵の飛行機(B-29)だとか、落下傘だとか言って騒いでいました。多分それは今のように東方最大離角の頃の金星だったと思います。しかし丁度その頃、高知市の自宅(製紙工場)が爆撃にあって炎上していることなど、夢にも思いませんでした。
その頃の土佐の空は良く澄んでいました。「青い空に藍い海」と言うのが観光地としての美しい土佐を称える言葉でした。しかし今はその標語はありません。次第に土佐の空も都会並みに汚れてきたのです。小学生のころ第四小学校の校庭に立って、見あげた冬の空は、青いというより黒いものだ、と悟ったことがあります。大気が澄んで宇宙の深い色が見えていたのです。
そんな美しい空の下で、天体の観測を始めた私は、ある意味では幸せでした。美しい星空という魅力があってこそ、彗星の捜索も永く続けられたものと確信しています。
写真は最近芸西村の天文台で撮影しました。西方の手結山の上に輝く金星です。左(南)は国道55線で東(左)に向かえば室戸、西に行くと約30kmで高知市に達します。国道は美しい太平洋の海岸線を走っています。


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10年程昔になりますが、高知県のある小学校の校長が、これをビデオに撮って放送局に持ち込みました。民間放送でしたが、高知市にUFO現るとてTVで放映されました。盛んに流れる雲の中に輝く金星は、逆に金星が飛んでいる様に見えます。
昭和19年の戦時中に、勤労奉仕で山に出かけていた私たち中学生は、昼下がりの九天に輝く光体を発見しました。しかし、誰も天体とは気がつかずに、敵の飛行機(B-29)だとか、落下傘だとか言って騒いでいました。多分それは今のように東方最大離角の頃の金星だったと思います。しかし丁度その頃、高知市の自宅(製紙工場)が爆撃にあって炎上していることなど、夢にも思いませんでした。
その頃の土佐の空は良く澄んでいました。「青い空に藍い海」と言うのが観光地としての美しい土佐を称える言葉でした。しかし今はその標語はありません。次第に土佐の空も都会並みに汚れてきたのです。小学生のころ第四小学校の校庭に立って、見あげた冬の空は、青いというより黒いものだ、と悟ったことがあります。大気が澄んで宇宙の深い色が見えていたのです。
そんな美しい空の下で、天体の観測を始めた私は、ある意味では幸せでした。美しい星空という魅力があってこそ、彗星の捜索も永く続けられたものと確信しています。
写真は最近芸西村の天文台で撮影しました。西方の手結山の上に輝く金星です。左(南)は国道55線で東(左)に向かえば室戸、西に行くと約30kmで高知市に達します。国道は美しい太平洋の海岸線を走っています。

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