深夜の製紙工場の中で懐中電灯に照らし出された奇妙な物体。父は突然その箱を壊し始めた。そして中の配線の様なものを引きちぎった。「カッチ、カッチ」という不気味な時計の音の源は、どうやらこのグリーン色をした箱の中にあったようだ。(時限爆弾?)恐ろしい空想が走ったが、父によるとそれはガソリンの入った発火装置であるという。(いったい何者が仕掛けたのか?)恐らくそれは敵国のスパイの手先であろう。工場内の食堂に「壁に耳あり」というポスターが貼ってあったことを思いだした。その頃の国内には多くの敵国のスパイが潜んでいたのである。

 翌日から一人の従業員の姿が消えていた。最近大阪から出稼ぎに来ていた。「田辺」と言う。眼の「ギョロ」と光る男で、父は、この男が怪しいといっていた。しかし、それから20年もたって、とんでもない場所で、またこの人物が登場することとなるのである。

 昭和20年に入ると戦争は一層しげくなって行った。本土空襲も頻繁になり、3月のある日、一機のB-29が超低空で高知市に西南の空から侵入してきた。そして数発の焼夷弾をばら撒いて行ったが、それは明らかに上町の紙の工場地帯を狙ったもので、その一発が関製紙工場の屋根を破って釜場で炸裂した。しかし町内での日ごろの防火訓練が実って、水バケツのリレー宜しく消し止めた。
 しかし一難去って又一難。それから5ヶ月後の7月4日の未明、高知市は未曽有の大空襲に遭遇することになるのである。

(大正9年頃の関製紙工場。製品の土佐和紙は大八車でJRの高知駅まで運んだ)
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