深夜、芸西の天文台で独り観測を続けていると、どこからか水の滴り落ちる音がする。それだけに天文台周辺は静寂そのものである。そして午前3の”丑三つ時”になると、決まって入り口のドアの硝子戸に黒い影がサッと映る。怪談の多い夏の夜なんかは怖いので、音がしても決してドアは開けない。

 ある日の昼間、水の音のする方に歩いてみた。狭い”けものみち”を天文台からほんの60mほど東に行くと、そこには鬱蒼とした林の中に古池が眠っていた。あたりは静寂そのもの。水は深いらしく5mほどの底に沈んだ木の葉が見える。死んだ様な静寂である。もっと沖に行けば深く正に底なし沼である。

 もう50年も昔の事、ここにまだ県立の天文台が出来てない時、村役場と交渉して、観測小屋を建てた。地元の大工さんが3人で手伝ってくれた。その時すぐ奥の古池の伝説を聞いた。誰も知らない秘密の話であるという。深夜の午前3時、地元の老婆が池に身を投げた。午前3時になると、水にぬれた人が這い上がって来るという。そして歩いて、真っ先に到達するのが、なんと天文台の入り口である。そんな怪談を思いながら遠くの水音を聞いていると恐ろしさが込み上げて鬼気迫る思いがする。そして丑三つ時、本当にサッとドアに映る黒い影、、、、、。

 そんな話はあり得ない怪談に決まっている。天文学をやっている人間の考えることではない。天窓にはこれとは変わって、夏を代表する美しい「白鳥座」が写っている。午前3時。もうそろそろ夏の夜明けも近い。明け方の空には”暁の女神”が、間もなく優しい姿を現すだろう。その名は「コホーテク彗星」。

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