1882年の9月中旬、南半球を航行中の汽船の中から、突然太陽のそばに輝く異様な天体が発見された。船の甲板では、大騒ぎになって、多くの乗客がこれを目撃した。これは”クロイツ属”と言われる、太陽をかすめる彗星群の一つで、間もなく彗星は太陽から0.008天文単位以内に迫り、明るさは満月より遥かに明るく輝かしいものであったという。この奇怪なクロイツ属の彗星が20世紀にも太陽を襲ってくることになる。そう!「池谷・関彗星」である。
クロイツ属の彗星は”太陽をかすめる彗星群”と言って、その先ヤリは随分昔に出たらしい。つまり太陽系の果てから、一つの大きな彗星がやってきた。そして太陽に大接近して幾つかに分裂した。これらの彗星は1000年くらいの周期でまたやってきた。そして再び分裂の運命をたどる。しかし中には太陽コロナの超高熱で、完全に蒸発消滅するものもある。こうして長い歴史の中に太陽を巡る細長い軌道の彗星のコースが出来て、大袈裟に言うと分裂を繰り返す。こうしてできた子や孫の彗星は数珠つなぎで太陽を取り巻いて運航しているという。親彗星の周期は1,000年弱であるが、分裂した彗星と彗星との間隔は何十年か、あるいはそれ以内でつながっているという。太陽観測衛星によると、小さな彗星の群は頻繁に太陽のコロナの中に突入して、瞬時にして蒸発消滅する。その大半が摂氏100万度と言われる太陽コロナの中で耐えきれなくなるのだ。
1965年9月の「池谷・関彗星」は台風通過後の空に発見された。無論発見当初は何処からやってきたものか、その正体は不明であった。しかし彗星に詳しいリゴレ博士は、我々の最初の発見位置を見ただけで、「この彗星は今世紀最大の彗星になる」と予言した。そして「近日点の通過は10月21日である」と付け加えた。忽ちこのニュースは世界を走った。
(軌道が計算されていないのにどうしたことか?)と我々は疑った。しかしフランスのリゴレ博士のこの予言は、ピタリ!と当たったのである。これは「池谷・関彗星」を語る最大の謎の一つになっている。
"ナゾ”と言えばまだある。1965年9月19日、嵐の中で、彗星の現れる直前の30分前に、私が運よく目をさまして空は晴れ、発見したこと。そして静岡県では、台風が通過中の奇跡的な”台風の眼”の中の晴れ間で、池谷氏が発見したことである。
こうして彗星は日本で首尾よく”発見”の権利を獲得したのであるが、その後の精密な計算では、発見から1ヶ月後の10月21日、彗星はリゴレ博士の予言道りに太陽の炎の中に突入することになった。ああ僅か1ヶ月の命である。せめて、その最後をなんとか見届けたいが太陽のコロナの中では観測は不可能である。そんな時、またも奇跡が起こる。土佐市高岡町から池幸一なる奇怪な男が現れて、太陽の火の中での困難な観測を成功に導くのである。
(写真はイケヤ・セキ彗星発見直後の撮影で、テレスコープは発見した高度をそのまま保っている)


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クロイツ属の彗星は”太陽をかすめる彗星群”と言って、その先ヤリは随分昔に出たらしい。つまり太陽系の果てから、一つの大きな彗星がやってきた。そして太陽に大接近して幾つかに分裂した。これらの彗星は1000年くらいの周期でまたやってきた。そして再び分裂の運命をたどる。しかし中には太陽コロナの超高熱で、完全に蒸発消滅するものもある。こうして長い歴史の中に太陽を巡る細長い軌道の彗星のコースが出来て、大袈裟に言うと分裂を繰り返す。こうしてできた子や孫の彗星は数珠つなぎで太陽を取り巻いて運航しているという。親彗星の周期は1,000年弱であるが、分裂した彗星と彗星との間隔は何十年か、あるいはそれ以内でつながっているという。太陽観測衛星によると、小さな彗星の群は頻繁に太陽のコロナの中に突入して、瞬時にして蒸発消滅する。その大半が摂氏100万度と言われる太陽コロナの中で耐えきれなくなるのだ。
1965年9月の「池谷・関彗星」は台風通過後の空に発見された。無論発見当初は何処からやってきたものか、その正体は不明であった。しかし彗星に詳しいリゴレ博士は、我々の最初の発見位置を見ただけで、「この彗星は今世紀最大の彗星になる」と予言した。そして「近日点の通過は10月21日である」と付け加えた。忽ちこのニュースは世界を走った。
(軌道が計算されていないのにどうしたことか?)と我々は疑った。しかしフランスのリゴレ博士のこの予言は、ピタリ!と当たったのである。これは「池谷・関彗星」を語る最大の謎の一つになっている。
"ナゾ”と言えばまだある。1965年9月19日、嵐の中で、彗星の現れる直前の30分前に、私が運よく目をさまして空は晴れ、発見したこと。そして静岡県では、台風が通過中の奇跡的な”台風の眼”の中の晴れ間で、池谷氏が発見したことである。
こうして彗星は日本で首尾よく”発見”の権利を獲得したのであるが、その後の精密な計算では、発見から1ヶ月後の10月21日、彗星はリゴレ博士の予言道りに太陽の炎の中に突入することになった。ああ僅か1ヶ月の命である。せめて、その最後をなんとか見届けたいが太陽のコロナの中では観測は不可能である。そんな時、またも奇跡が起こる。土佐市高岡町から池幸一なる奇怪な男が現れて、太陽の火の中での困難な観測を成功に導くのである。
(写真はイケヤ・セキ彗星発見直後の撮影で、テレスコープは発見した高度をそのまま保っている)

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