1961年10月12日に発見した「関彗星1961T2]は、次第に地球に接近してきて肉眼でも見えるようになった。国内では1955年の本田彗星以来6年ぶりの発見であった。「彗星といえばホンダ。本田と言えば彗星」と言った具合に、彗星は本田さんで無いと発見出来ない特技の様なものと信じられていた。しかしマスコミは「土佐の高知の名もないアマチュアが発見した」という事で、新彗星の発見は特定の偉い人でなくてもできる、ということを強調した。まじめな科学でも面白おかしく表現しようとするのが第3面の癖だ。そんなことで本田さんや池谷さんは極度にマスコミを嫌った。
 しかし国内では発見を夢見て、我もわれもと、多くのハンターが輩出してきた。
 その後日本は新彗星発見の王国となった。私が、もし天文界のために貢献したとするなら、一個の彗星発見より、結果的には多くの新人を輩出させたと言うことが、より大きい貢献であったと思う。
 彗星の発見には大変な困難と忍耐が伴ったが、それは、努力すれば必ず報われる、という一つの「魂」の発見でもあったのである。”彗星の発見は名誉ではなく学術への貢献である”という謙虚な心が育てば、発見は近いのである。
 写真は芸西村の天文台から北の日周運動を撮影した。円弧の中心付近に北極星があり、北斗七星も右側に写っている。星の円弧は、歳月の長さを表現した。

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