突然、美しい夕焼け空が輝いた。よく蜃気楼が見えた三階の屋上である。夕焼の輝く20kmほどの西の町に、星の好きな友人O君がいた。中学からの友人で私が情熱的に彗星の発見を目指していた頃、彼は星を文学的に捉え、ギリシャ神話に興味をもっていた。よく手紙を書いた。「日いづる街の僕から、日没する町の君に致す。星はみているかい?」すると、すぐに返事が来た。「見ているよ。ウサギ座に見慣れない星が見えている。確認してくれたまえ。オリオンの高く登る頃」こんな風である。

 O君の父は新聞記者であった。ある時尋ねたら昔の出来事を話してくれた。大阪に一人のホームレスがいた。孤独な彼は星が好きで毎晩ねぐらの道路の上に輝く星座をひたすらスケッチしていた。そして1枚の北天星図を完成させたが、ある時それが有名な天文学者の眼に止まった。学者は「この様な精密な星図は世界にない!」と激賞した。多少オーバーな表現もあったと思うが、新聞でそのニュースが報じられ大正時代の人気者になったという。
 考えて見ると、私たちが天体観測を始めるにあたって、最初に購入したのが、そのK星図であった。O君とは1950年に始まった高知市での産業博覧会に参加するために東洋で2台目と言われるプラネタリウムを製作したが、その投影する元となった星座はこのK星図が基本となったのである。
 ”ホームレスの男”と言えば、聞こえが悪いが、彼の描いた星は、その後、本格的なプラネタリウムの星座となって投影され、多くの人に観賞され、その努力は立派に報われたのである。その話はいずれまた。

 様々な幻想を巡らしているうちに夕焼けは消えて星座がかがやき始めた。僅かな残照に照らされた雲が、若くしてこの世を去ったO君の思い出を誘うのであった。

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