小学校高学年の教科書の中に「夕月の歌」と題して短い詩が出ていた。幽かに暮れてきた夕焼けの残る丘の上に、爪で痕を付けたような三日月が、うっすらと輝いていた、というものであった。今回添付した写真の月は「二日月」であるが、夕焼けの町の空に幽かで美しい。三日月より大きくなると最早明るすぎて、風情が無いかもしれない。
月光は詩的情緒である。ベートーベンのソナタ「月光」に代表されるように多くの音楽や詩にうたわれた。しかし月光を美しいと捉えたのは19世紀までで、近年は夜が繁華に明るくなって、月光を観賞するようなことは無くなった。月は見えていても、光と影との織りなすおぼろげな光景が無い。
中秋の明月の夜、芸西村の天文台のある高台でギターを弾いた。遠くの“琴が浜”あたりの農家の屋根に、まるで熱い御湯でも注いだように月光が白く流れていた。曲はソル作曲の練習曲”月光”。私の奏でるギターの音は、月の光と共に、村全体に響いているように思われた。


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月光は詩的情緒である。ベートーベンのソナタ「月光」に代表されるように多くの音楽や詩にうたわれた。しかし月光を美しいと捉えたのは19世紀までで、近年は夜が繁華に明るくなって、月光を観賞するようなことは無くなった。月は見えていても、光と影との織りなすおぼろげな光景が無い。
中秋の明月の夜、芸西村の天文台のある高台でギターを弾いた。遠くの“琴が浜”あたりの農家の屋根に、まるで熱い御湯でも注いだように月光が白く流れていた。曲はソル作曲の練習曲”月光”。私の奏でるギターの音は、月の光と共に、村全体に響いているように思われた。

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