毎日、秋の好天が続いた。1956年10月6日午前3時、起床した私は自宅前の観測所に上った。ここは、製紙工場のあった後の廃墟で、巨大な用水タンクを改造した観測台があった。秋たけなわで、あたりは一面のコスモスの花であふれていた。愛用の15cm、F6の反射望遠鏡を東の空に向けた。帰還してくるはずの「クロムメリン彗星」の捜索であるが、我々の計算が正しければ、この10月に獅子座の中に現れることになっている。午前5時30分。15cmの筒を獅子座の大鎌のあたりに向けて、下(東)に向かって捜索を始めた。そして開始してから30分後、突然朦朧と輝く火玉のような天体を捉えた。意外と大きい面積があり、光度は10等級と目された。無論星図にも出ていないし、今までの経験でも、記憶のない天体であった。

 (クロムメリンか!?)咄嗟に緊張が全身にみなぎった。彗星をスケッチする手も
震えがちであった。もし本物とすると、山崎氏と共に計算した予報の5度ほど西である。大英天文協会の予報から言えば、なんと10度も北にずれている。観測を終えると早速28年昔の発見者、山崎氏に至急電報をうった。

 「ケサ シシザニテ、クロムメリンスイセイヲハッケンセリ、テンキカイセイナリ」そして同時に山本天文台と東京天文台に、この発見を電報した。まだ天文台から確認の知らせが無いその日の午後、新聞記者が押し寄せてきて驚いた。ある中央紙の記事は、「過去28年間、専門家が探しあぐねていた彗星を、街の天文家が発見した」という興味本位な記事だった。彗星は11月に入ってから2等級ほど明るくなった。山本博士は”この現象は盛んな太陽活動の影響である”と発表した。そのころのスケッチがある。彗星はわずかな尾を引きながら、1928年と同じようなコースを飛んだ。

 この彗星の予報が両者完全に一致しなかったことは、過去の観測が不十分だったためである。それにしても28年ぶりに彗星と再会を果たした山崎氏の喜びは絶大であった。しかしその2年後、自分の彗星に誘われるように天国に旅立たれた。

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