先日ある教会の牧師さんの招きで独唱会を聴きに行った。日本古来の名曲である滝廉太郎の「荒城の月」や、山田耕筰の「砂山」なんかの古典が主であったが、お客さんは私たち一家が中心で、私の好みに合わせた選曲でもあったらしい。
 「荒城の月」は明治37〜8年の日露戦争の終結した時、水師営で乃木大将とステッセル将軍とが会見の場で、乃木が余興として歌ったというエピソードが残っている。「大変素晴らしい日本の歌だ」という事で、ステッセルはその見返りに、乃木に白馬を贈ったという。

 一方の「砂山」は、私が小学4年生の時、担任の岡本先生が太平洋戦争で出征して中国大陸に渡るとき、最後の授業として、歌ってくださった。「わたしは独りで寂しいとき、きまってこの曲をうたっています」と前置きして歌ったのが、この北原白秋作詞、山田耕筰作曲の「砂山」だった。それは純朴な日本の子供たちの心であった。先生の歌を聞いた学童たちは涙した。
 岡本先生は若い植物学者でもあった。私たちに自然科学の楽しさを余すことなく教えてくださった先生であったが、戦局が重大化した昭和16年、惜しまれながら中国大陸に渡った。私が星に興味をもつようになった動機は、実にこの岡本先生の授業が基だったと思う。しかし先生は私たち学童の前に二度と姿を現すことは無かったのである。

 このような思い出を持つ名曲であったが、とりわけ心にしみるものがあった。最近の歌は永遠に残るような名曲が少ないように思う。歌いながら大勢の若者が、バックで踊りまくるような姿は、現代のシンボルかもしれないが、この様な風情には全く興味が無い。歌はすぐ消えていってしまうのである。

 (南半球の海を照らすアメデ灯台は”永遠”のシンボルである)
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