芸西天文台の東側には深い谷がある。そして森がある。その森の上に1976年3月のある日、3本の尾を持つ奇怪な彗星が現れた。有名な「ウエスト彗星」である。
 過去の例によると、1744年の同じ3月に、クリンケンベルグと言う大彗星が出現して、スイスの山奥の湖に、6本の尾の影を落とした。画家によるスケッチもあるが、美しいというよりも、奇怪で壮絶な光景であったろう。
 
 ウエスト彗星の雄大な3本の尾に象徴されるような、彗星の3人組がいた。”彗星三羽からす”である。一人は軌道計算の大家「村岡健治氏」。そしてもう一人は中学生の頃、村岡の弟子だった「門田健一氏」。村岡氏は若くして逝去したが、門田氏はあれから45年たった今も、超人的な彗星の位置観測を行って世界の天文界に貢献している。
 ところが村岡氏を拾いだしたのは私だった。当時私は「村岡カメラ店」に度々出入りしていたが、ある日番頭さんが「この店に星の好きな少年がいる」と言う。私は会ったことは無かったが、店を訪れるたびに天文の入門書を置いていった。その後、彼はほとんど独学で、彗星の軌道計算法をマスターした。1950年頃アメリカのホイップル博士によって提唱された彗星の”非重力効果”の計算の名人で、村岡氏と私のコンビで、周期彗星の回帰を検出したことも多くあった。
 
 村岡氏は珍しい天文の洋書を沢山持っていた。多くは長谷川蔵書をそっくり彼の本棚に移したものであった。20年ほど前にロスの古書店で見つけたというバーナードの天体写真集は宝物だった。19世紀の中頃、天体写真が始まったばかりのころの、バーナードの貴重な作品を1冊にまとめたもので「いまでは世界に10冊は無いであろう」と言われていた。昔の珍しい彗星の写真も沢山収められていた。これらの貴重な蔵書は、今年の6月に予定されていた高知市での「彗星会議」で展覧されることになっていたが、「彗星会議」の高知大会は、新型コロナウイルスの蔓延で消えたので、その計画は永遠に去った。

 (写真は1976年3月中旬、75mmレンズで撮影した芸西でのウエスト彗星1975 V1-A)

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