テンペル彗星は今から遠く1873年にイタリアで発見された彗星である。周期は5年余で、比較的明るく毎回確実に発見されていた。ところが1935年頃太陽との位置関係が悪く3周期「15年余」ほど見失われていた。その頃、僧侶で天体軌道論の大家であった百済教猷氏(京都大学)は、見失われた約15年間の摂動計算(惑星の引力の影響)を、独りコツコツと計算して、その結果、見失われていた同彗星を自ら発見した。発見は口径4インチ(約10cm)の屈折望遠鏡だったという。

 そこで早速発見を世界の天文センターに通報というところであるが、謙虚な
百済氏は、側近のものに「これは自分が計算を確かめるために観測したもので、決して他に知らせてはならぬ」と、口止めしたという。
 これを知った同僚の山本一清博士は「彗星の再発見は百済氏のみならず日本の天文界の手柄でもある。速やかにセンターに報告しなければならない」とて、ハーバードに電報を打った。ところがその電文の位置に2時間(30度)のミスがあって、世界中のどこからも確認の知らせが無く、結局観測が船便で2ヶ月以上もかかってアメリカに届くまで誰も知らなかったという。幸いにもほかに発見者は無く、百済氏の手柄は実ったというのである。

 それにしてもなんと謙虚な方であったろうと思う。碩学でありながら、アマチュアのように小さな天体望遠鏡を愛して、常に星空を観賞していた。百済氏は山本博士亡きあとの東亜天文学会の第二代目の会長を務めた。私が1961年と62年に新彗星を発見した時、表彰してくださったのが、この百済会長であり、光栄であった。

(写真は彗星を発見した大阪駅梅田の自宅で1962年頃)

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