女性の天文観測家としては、古くは天王星を発見した、英国の「ウィリアム ハーシエル」の妹の「カロリン ハーシエル」や、近代のアメリカの「エリザベス リーマー」さんが有名でしたが、いずれも男勝りの性格を持っていたようです。リーマーさんは、アメリカの天文台で口径1mほどのカセグレン式反射望遠鏡を駆使して、1950年頃から近年にかけて約70個もの周期彗星を検出、発見するという凄腕でした。また、彼女の位置観測の正確さには定評があり、そのころのカニンガム氏を中心とする彗星の軌道計算者は随分と助けられたものです。

 一方、当時のチェコスロバキアには「パイドゥシャコヴァ」さんという女性のコメットハンターがいて、4個ほどの新彗星を発見しています。海抜1400mほどの、タトラ山中の天文台にいて、冬は氷点下30度ほどの激寒の中で電熱服を着て頑張ったそうですが、素晴らしい方だったと思います。この人の夫に当たる同天文台の「アントン ムルコス」さんも彗星を沢山みつけていますが、発見に使用したコメットシーカーは、口径10cmの双眼望遠鏡で25x。実視野は4度もあるという、秘密兵器でした。しかし当時としては”鉄のカーテン”の中でのことで、なかなかその真相はつかめませんでした。

 驚く事件でした。1953年の12月でしたが、私は口径15cmの反射望遠鏡で夕方の西南の空を捜索していて、11等級の彗星を発見しました。ところが、ほとんど同時にコペンハーゲンから電報がきて、チェコのパイドゥシャコヴァ女子の発見が公表されました。高知でも南に低い位置であったのに緯度の20度も高い北欧では、まさに地平線すれすれの難しい発見であったことを知りました。しかも眼視発見では限界に近い11等。これによって如何に彼女の眼が優れているか。そして空の状態がいいかを知りました。

 それから約30年の歳月が流れました。チェコのプラハで国際天文学連合の総会が開かれ、日本からも数名の学者が参加しました。会の後で有名なスカルナテ・プレソ天文台の見学会があって海抜1400mのタトラ山中に立つ、スカルナテ・プレソ天文台を訪れました。天文台の入口に、かの彗星発見の”秘密兵器”が、まるで天文台の看板のように立っていました。夏でしたが、その双眼望遠鏡のそばに、一人のミニスカートにサンダル姿の青い目の案内ガールが立っていました。このイメージから、過酷な気象条件下で、発見に苦闘した姿は、いささかも伺えませんでした。ケーブルで山を下りながら、来台のお客さんに、にこやかに会釈する北欧の美しい女性の姿が、いつまでも印象に残っていました。

(写真は未来のコメットハンター?香美市の埇田凰沙さんと共に)

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