大彗星の丈比べ

 クロイツ族彗星の「イケヤ・セキ彗星」は1965年の10月、近日点を通過してから最長
40度の長さの尾を見せました。有史以来最も長かった尾の彗星は1843年に現れた同じクロイツ族の彗星C/1843 D1だったようです。添付した図によると、尾の実長は実に3憶2000万キロあり、太陽から火星の軌道をはるかに超えていました。このころには写真はまだ天体に活用されていませんでしたが、フランスのパリでは、多くの人が集まったセーヌ川の上に、長々とその巨体を横たえたユーモラスな絵が残されています。

 クロイツ族の大彗星は、その後1882年の9月にも現われ、近日点で核は4個に分裂しました。大西洋を運航する汽船の上から発見されたもので俗に”セプテンバーコメット”と呼ばれている彗星で、この時アメリカのバーナード博士が初めて写真に収め、かつ核が4個に分裂していく現象をつぶさに観察しました。4個の核はそれぞれ”ノギ”と呼ばれる光芒に包まれ、お互いに虹の様な橋がかかっていたそうです。バーナード博士はこのほかにも数多の奇怪な現象を目撃しました。
 これら4つの核の周期はそれぞれ669年から952年ですが、これらの核は又数百年後に帰って来て大彗星となり、そして分裂を繰り返して行くのでしょうか?ここで、クロイツ族彗星の謎が解けてきたような気がします。

 それにしてもバーナード博士は凄い人でした。木星の第5衛星の発見者であり、そしてバーナードループ。彗星は21個発見のレコードをもちます。バーナード博士に会った日本人は、かのクロムメリン彗星を発見した、山崎正光氏とOAAの山本一清博士であったと思います。山崎氏は大学在学中に、サクラメントの街角で、花売りのアルバイトをやっていた時、突然バーナード博士の訪問をうけました。アメリカの変光星協会の会長をやっていた博士は「山崎君、いつも観測の報告を有難う。この近くにきたので、お礼を言いたいとおもって尋ねたよ」と語ったそうで、新前だった山崎さんは、この大学者の訪問に大いに恐縮し、一層観測に励むようになったそうです。
 また山本博士はアメリカ留学中にバンビースブルグ氏と共にバーナード博士の臨終の床に立ち会いました。博士の最期の言葉は「ああ、美しい星空を、もう一度見たい」であったそうです。



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