この二つのメダルはよく間違われるが、性格も形も全く別ものである。ドノホウメダルは、戦前から長いことアメリカの太平洋天文学会から、新彗星の発見者に授与された。財源はアメリカの富豪、ドノホウ氏によるものであった。日本では古くから山崎正光、下保茂、岡林滋樹、本田実氏らが受賞した。ところが戦後は財源がつきたのか発行されなくなり、私は一度も受賞したことが無い。しかしそれに変わって1969年ごろから、新たに”コメット メダル”と言う全く新しい賞が与えられるようになった。
 
 ドノホウメダルとの違いは彗星のデザインもそうであるが、必ずしも彗星の発見者が対象ではなく、毎年一人、その年に彗星天文学に貢献した人が選挙で選ばれるようになった。栄えある初回の受賞者は、英国で医師を営み、彗星の精密位置観測の大家だったアマチュアの「ウォーターフィールド氏」が受賞した。つづいて第2回目の受賞は、マースデン博士とリーマー女史の推薦で日本に来た。面白い事に、賞を与える役として国立天文台の広瀬秀夫博士が指定されていた。1970年の京都での東亜天文学会総会の席である。
 しかしその翌年はヨーロッパで活躍する彗星の軌道計算者が選ばれたらしいが、その後予算が尽きてきたのか、この賞は長く続かずに5回くらいで閉鎖された。今なら選ばれそうな彗星の物理天文学者もいるが、惜しい事である。日本には一つしかないこの珍しいメダルは、プラネタリウムのある高知市オーテピアの「みらい科学館」に展示されている。見学者に何かを語りかけている様である。

(写真は、ホウキボシをデザインした1970年のコメットメダル)

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