早春の、西空に「黄道光」の良く輝く時期がやってきた。
日本では古く1853年にペルーが浦賀にやってきた時、船の上から、その珍らしい光芒を発見してスケッチを残した。明治の御代は空が暗かったので、淡い黄道光も驚くほどの明るさで、暮れたばかりの西空に君臨した。その形は「フジヤマ」に似ていたという。

 比較的最近になって1948年、広島県の本田実氏が彗星を連続的に発見した時の弟子に、山口県の浅野英之助氏がいた。彼は口径10cmの反射望遠鏡で、西空オンリーで彗星の捜索をおこなっていたが、ある晩、あまりにも春の黄道光が明るいので、スケッチした。これは明治時代のペルーに次ぐ2回目の観測スケッチであったという。

 私は1950年から観測を始めたが、明るい高知市街であったために黄道光は見えなかった。観測所が1970年に芸西村に移ってから、初めて黄道光の、不思議な光芒を見た。それも春の夕方は、西方30kmに高知市の光害があって気が付かなかった。しかし、秋の明け方の光は驚くほどの明るさであった。1960年代に浜松で彗星の捜索をやっていた池谷薫さんは、朝方の捜索がおわってから、頭上に天の川を貫いているピラミッド型の黄道光を眺めた、と言うから、空が暗ければ驚くほどの明るさで見えるものである。

 黄道光の正体は、恐らく太陽系の夥しい天体(小惑星群)の輝きによるものと思うが、それではなぜ、春の西と秋の東にしか見えないのか?という謎が解けない。太陽系内の小惑星に大きなムラがあるのであろうか?随分昔になるが、東京の天文のある先生が高知県で講演をしたとき、光害のない鳥島で撮影した対日照の広角写真(魚眼レンズ)をみせた。それは円形にめっぽう明るかった。そして西の黄道光の光芒と細い光の帯で連なっていた。それは黄道付近に沢山存在する微光の小惑星群の輝きであろう。

(写真は1992年10月、芸西村の天文台で見た明け方の黄道光の輝き)
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