お盆に入ってからの天体観測会であるが、それほど暑さは感じなかった。しかしあいにくの台風8号の接近で、雲の多い天候だった。
 ここ芸西村の天文台には約30人の見学者が押し寄せた。ほとんどの方が、お子さん連れの県内の方であるが、参加者名簿の中に独りで遠路、東京からやってきた女性の梅山さんの名が眼についた。聞くところによると芸西天文台にやって来て、星を見る事と私に会う事に前々から、期待していたという。
 彼女は驚いたことに、1966年に出版した「未知の星を求めて」の初版をもっていた。更に驚くことに、私にとって大切な”幻の星の本”を持っていた。そしてそれらの本にサインするように希望してきた。遠路高知県にやってきたのも、それが一つの大きな目的だったとみられる。

 思い出は今から77年ほどさかのぼって、第二次世界大戦中のさ中である。当時中学2年生だった私は、昭和20年7月4日の高知市大空襲の夜、大事な学用品を抱えて、近くの鏡川を渡っていた。あたりには敵の爆撃機の落とした無数の焼夷弾によって、美しい鏡川も火の川と化した。そんな時一機のB-29が、火を吹きながら落下して来て物凄い爆発が起こった。その音に驚き、私は手に持っていた大事な荷物を流れの中に落としてしまった。拾い上げる馬力もなく、その場に倒れ込んで失神してしまった。どのくらいの時間が経過したのだろう。ひっきりなしに続くあまりにも大きい爆撃の音にふと気が付くと、私は川の浅瀬の上に流されて倒れていた。失なった荷物の中には、小学4年生の時 、私たちを教えて、戦火の中国大陸に渡って行った岡本先生から戴いた大事な”形見の本”とも言える松隈健彦著の「天文学新話」が交じっていたのである。

 岡本先生がもしいなかったら、今の天文家としての私の存在は無かった。先生は私の大の恩人でもあったのである。あれから70年以上も経って、芸西の天文台で、私の目の前に置かれた本を見た時、思わず夢ではないか?と疑った。年期を重ねて懐かしい表紙はかなり変色していたが、私が小学生の時学んだ本そのものであった。あまりの衝撃で、梅山さんのためにサインする筆が震えた。

 こうして天文台には実に意外な人が来ることが多い。観測会が終わって、芸西の丘
からタクシーで帰る梅山さんを見送った。遠くの国道には沢山の車や町の灯が星座の如く光っていた。私は遠くなる車の赤い尾灯を、いつまでも見送っていた。

(写真は芸西天文学習館の中の講義中の風景。2022.08.13)

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