秋たけなわの10月30日、高知市の「自由民権会館」で、天文講演会が開催されました。主催は「高知天文ネットワーク」で、芸西村の天文台を運営する「高知県文教協会」や地元の「高知新聞社」が後援する形となりました。
毎年10月末は、お天気も安定し、また歴史では「イケヤ・セキ彗星」が太陽面に突入した時期で、お話は自然と彗星発見に傾いていきました。
太陽を掠める彗星群の「イケヤ・セキ彗星」には、リゴレ博士の予言や、超高熱(摂氏100万度)の太陽コロナの中で、大半が氷たる彗星がなぜ無事通過したのか、謎がいっぱいです。その謎を解きながらのお話となりましたが、熱心な聴衆の見つめる演台には、57年前に彗星を発見した四角い木製の筒のコメットシーカーが、昔の出来事を語るかの如くどこからか現れ、興趣を添えました。「イケヤ・セキ彗星」を含む3つの彗星を発見した、オール手作りの9cm屈折望遠鏡です。
コメットシーカーは何と言っても使いやすさが大切です。Ⅰ7xでレンズも小さかったのですが、3.5度の広角を誇る望遠鏡は、私の体の一部となって縦横無尽に働いてくれました。
会場ではこのほかの出し物として、No1の刻印のある口径105mmの池谷鏡が紹介されました。池谷さんと二人で同時に彗星を発見した記念として1970年に彼から頂いたもので、その鏡の美しい光沢は2人の友情の輝きの如く聊かも濁っていません。この反射鏡の輝く限り、彗星観測の情熱は持ち続けます。
講演は、この日1時間余で終りましたが、その後キューバの「ホセ・カレヨ氏」の作曲した今は幻の「イケヤ・セキ彗星の曲」のピアノによる日本初演奏がありました。作曲から実に57年、幻の曲は、香美市に住む女流ピアニストによって、空を逞しく飛ぶ彗星のごとく、オタマジャクシが音となって、会場に響き渡ったのです。


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毎年10月末は、お天気も安定し、また歴史では「イケヤ・セキ彗星」が太陽面に突入した時期で、お話は自然と彗星発見に傾いていきました。
太陽を掠める彗星群の「イケヤ・セキ彗星」には、リゴレ博士の予言や、超高熱(摂氏100万度)の太陽コロナの中で、大半が氷たる彗星がなぜ無事通過したのか、謎がいっぱいです。その謎を解きながらのお話となりましたが、熱心な聴衆の見つめる演台には、57年前に彗星を発見した四角い木製の筒のコメットシーカーが、昔の出来事を語るかの如くどこからか現れ、興趣を添えました。「イケヤ・セキ彗星」を含む3つの彗星を発見した、オール手作りの9cm屈折望遠鏡です。
コメットシーカーは何と言っても使いやすさが大切です。Ⅰ7xでレンズも小さかったのですが、3.5度の広角を誇る望遠鏡は、私の体の一部となって縦横無尽に働いてくれました。
会場ではこのほかの出し物として、No1の刻印のある口径105mmの池谷鏡が紹介されました。池谷さんと二人で同時に彗星を発見した記念として1970年に彼から頂いたもので、その鏡の美しい光沢は2人の友情の輝きの如く聊かも濁っていません。この反射鏡の輝く限り、彗星観測の情熱は持ち続けます。
講演は、この日1時間余で終りましたが、その後キューバの「ホセ・カレヨ氏」の作曲した今は幻の「イケヤ・セキ彗星の曲」のピアノによる日本初演奏がありました。作曲から実に57年、幻の曲は、香美市に住む女流ピアニストによって、空を逞しく飛ぶ彗星のごとく、オタマジャクシが音となって、会場に響き渡ったのです。


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