毎年9月が訪れ、天文台ドームの周辺で秋の虫が盛んにすだくようになるとハレー彗星観測劇の事が思い出される。
76年の周期で、太陽系を公転する彗星の王者「ハレー彗星」は1986年に近日点を通過した。誰しも一生に一度のこの天文ショーを見ようと、大小さまざまな設備を持って待機した。

 日本では岡山県に東洋一の望遠鏡を抱える「岡山天体物理観測所」が、日本最初発見の候補に挙がった。そして民間では、静岡県の駿台学園の天文台に、国立天文台の技官が訪れて、ハレー彗星の日本最初観測を目指して、70cm反射望遠鏡を動かしていたのである。

 ハレー彗星はマスコミにとっても世紀の大事件であった。日本で挙がる発見の最初の狼煙を報道しょうと、多くのマスコミが東京天文台関係に集結したのである。芸西にとってもこれは大事件であった。1980年に、五藤斉三氏の寄付によって完成した60cm反射望遠鏡が、最初に迎える大天文現象である。

 ところが1984年9月、突然NHKの報道関係者が芸西に取材にやってきた。彼らはここに訪れる前に、世界の天文のセンターたる、アメリカのスミソニアン天文台を訪れた。そして彗星研究の第一人者たるマースデン博士に会ったのである。博士はなんと東洋で一番早くハレー彗星を観測する天文台として、ニュージランドの「マウント ジョン」と、日本の「芸西」を挙げたのである。果たして結果はどうなるのか? 東京天文台(現、国立)では8月に、冨田氏が岡山の188cm反射望遠鏡を使って観測に失敗した後であった。天文台の周辺では秋の虫たちが盛んにすだいて、芸西での成功に声援を挙げているようであった。。

(写真は1987年、来日したマースデン博士、関宅にて)

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