☆☆コメットシーカーと私(1)☆☆

 私が中学を卒業したばかりのころだった。ある子供向けの科学雑誌に、東京上野の科学博物館
に勤める、田口武二郎と言う人が、「老眼鏡のレンズで空の宝石を見て見よう」という奇想天外?な記事を発表していた。天体望遠鏡もろくに売ってない、敗戦直後のみじめな時代である。
 老眼鏡の玉は、確か度の弱い凸レンズであるから、焦点距離が適当なら天体望遠鏡の前玉として役立つはずである。アイピースは机の引き出しから見つけた、これも古い虫メガネを2枚重ねてみた。
 丸い鏡筒を作ることは困難であったので木製の枠にした。前玉の焦点距離が約1mだったので、倍率は15xくらいだったろうか。早速二階の窓から南に聳える「鷲尾山」にレンズを向けて見た。頂上の鳥居と、その下で戯れる数人の子供の影が逆さに写った。やがて夜になると頭上を南北にながれる天の川に向けた。
 これが田口氏の言う、空の宝石だった。この時の感激はあれから70年も経った今も忘れない。これが記念すべき私のコメットシーカーの第1号だったはずだ。なぜならその頃”マックガン”という彗星があらわれて、世間で大きな話題となった。明け方の東南の空にサーチライトの様な長い尾を曳いた。 

 朝5時に起きて2階の窓から東南の空を探したが、彗星は見つからなかった。アメリカでは彗星が
”牛乳屋の彗星”とよばれていたそうである。なぜなら朝早起きする人にしか見られないからだ。
 これを最初に発見した人は、カリブ海の上空を飛んでいたアメリカの飛行士マックガンであった。実はその少し前にヨーロッパで皆既日食があって、その黒い太陽のそばに発見された。いわゆる1948年の”日食彗星”である。彗星はしばらく太陽の陰に姿をひそめていたが、やがて明け方の空にその雄姿を見せ始めたのである。
 こうして私の第1号のコメットシーカーは、幸先悪く見事に観測に失敗したが、しかし次の段階への大きな第1歩となったのは事実である。このころ日本の政治は混乱し、貧困と絶望に呻吟する敗戦国家の日本から、世界を驚かす新天体発見のニュースが飛んだのである。

(写真は私のコメットシーカー第1号の設計図で、すべて木製である)
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