今話題になっているアメリカ大陸や、日本の東北地方で目撃された謎の風船はここ高知市の上空でも目撃された。
 数年前の秋の良く晴れた日、自宅の屋上で雲の様子を確かめているとき、一機の白い巨大な風船が、偏西風に乗って、比較的早いスピードで東進していた。風船の下には明らかに何かの機械物体がぶら下がっていた。
 その頃、謎の風船は、東北地方で目撃されていて、私もてっきり同じ物体であろうと思った。写真に撮っても、高度が高くて何とか「雲でない物体がうつっている」としか詳細は分からなかった。
 
 風船と言えば、太平洋戦争の末期に、日本がアメリカ大陸を目指して発射した「風船爆弾」の事を連想した。家業が和紙の製造業で、風船を製造するための和紙を軍に提供していたからである。
 水素ガスを注入した風船は、高空を飛んでいるとき、次第にガスが抜けて風船の高度が下がるので、それを調整するために多くの砂袋をつんでいた。そして、高度が下がり始めるとそれを少しずつ落としていって、一定の高さを保ったという。誰が考案したのか? 風船爆弾その物の発想も奇想天外で、天才的だと思う。当時の日本には、アメリカ本土を爆撃するほどの戦力は残っておらず、風船爆弾が最後の決め手だったわけだ。

 「一体風船爆弾は、何処から発射しているだろう?」。これはアメリカにとっては、重大な事件である。今の中国からの、スパイ目的の風船ではなく、いきなり空から、爆弾が降ってくるのだから、正に晴天の霹靂である。やがてアメリカのスパイが、大勢日本に送りこまれた。彼らは都会の軍需施設を狙うのではなく、日本列島の東海岸に散らばった。そして砂のサンプルを持って、海岸の砂の質を調査し始めたのである。
 やがて、ある東北地方の海岸から、アメリカに向かって秘密のモールス信号が発信された。名勝、土佐の海岸「桂浜」でも、貝を掘る姿をした多くの怪しげな人影が目撃されたという。

 私の住んでいる「通り町」(今の上町)には、多くの和紙の製紙工場がひしめいていた。そして、スパイの目標になった。ある日、南方から超低空で侵入してきたB-29一機の落とした焼夷弾によって工場は破壊され、さらに7月4日の暁の大空襲によって、高知市は壊滅した。

(写真は、戦後報道された風船爆弾誕生の秘密)

IMG_3737

にほんブログ村 科学ブログ 天文学・天体観測・宇宙科学へ
にほんブログ村