極小カメラである「ミノックス」は戦前の1930年代に、今紛争のさなかにあるウクライナの隣国のバルト3国の一つ、ラトビアのリガで誕生した。ライターを少し大きくした程度の極小カメラで、戦後はドイツにわたり、立派なスパイカメラとして世にでた。戦時中は、敵国の軍港や軍需工場などの撮影に使用され、その後は産業スパイによって設計図なんかの盗み撮りに使われたと言うが、詳細は分かっていない。1948年頃の映画で「ローマの休日」と言うのがあったが、その中で日本製のライターカメラ「エコー」が、登場して注目を浴びた。ミノックスは、超小型で、レンズが優秀であったために、世界中に多くの愛好者が居た。実は私もその愛好者のひとりで、しばらくのあいだ、「日本ミノックスクラブ」に所属していた。
 
 さて、私の愛用するミノックスのA型は、戦時中ドイツで製造されたものである。レンズは15mmの3群5枚玉のF3.5のコンプランで8.5mmの幅のフイルムに50枚撮影する。撮影画面は8x11mmの極小サイズであるが、4ツ切りや、さらに技術に頼れば全紙大に拡大が可能である。
 私は、このカメラを常時ポケットにしのばせて、ある時は足摺岬の秘境を撮った。またある時にはしし座流星群の大出現に遭遇し撮影に成功し、またある時には76年振りに回帰した大ハレー彗星の撮影に成功した。そして東京での展覧会に出品した。今でもそのころの同好者と手紙のやり取りをしている。レンズが優秀だという事は恐ろしい事で、カメラの寿命を永遠に伸ばすのである。
  
 昔は製造元のドイツから、マガジン入りの優秀な専用のフィルムが発売されていたが、今は入手できない。35mmの幅のフィルムを特殊なカッターをこしらえて、自分で製作する。無論現像も微粒子現像液を調合して自分で行うのである。ミノックスカメラには5種類のバリエーションがあるが、私が今手にしているのはA型とB型である。C型からシャッターが電子化され便利になったが、途端に故障が多発した。電気を使わない方が安心して使用できるのである。
 先年自宅の屋上に上がって、雲の様子を見ていたら、今話題の白い気球を発見した。かなり大きな気球で、明らかに下に黒い計器の様なものをぶら下げていた。私は急いでポケットからミノックスカメラを取り出して青いフィルターをセットして撮影した。気球は足早に偏西風に乗って東に移動して行った。これぞスパイカメラとしての”ミノックス”の得意の出番であった。カメラがポケットにあったからこそ、四国に初めて現れた気球の貴重な瞬間の撮影に成功した。「スパイ気球をスパイカメラが撮った」痛快なことである。

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