コメットハンターの本田実さんは、天文家であると共に詩人でもありました。
 彗星の捜索に励みながら、折あるごとに多くの詩や歌を記しました。古都、倉敷の美しい街並みを記したものも多くあります。
 今から30年ほど昔に本田さんの没後、倉敷天文台を管理していた監物邦男さんから、本田さんの詩集が1冊おくられてきました。

 監物さんは1932年の生まれですが、高校の修学旅行で、倉敷天文台に立ち寄りました。1947年挽秋の事で、監物さんらに天文台を見せていた本田さんは、「明日の朝早く天文台に来たら面白い天体を見せてあげましょう」と言ったそうです。
 翌朝の5時に天文台に行くと本田さんは、戦後初の発見したばかりの「本田彗星」C/1947 V1を、天文台の31cmのカルヴァー反射鏡に入れて見せてくれたそうです。正に発見直後のイメージです。公式の文書では、この彗星は南下が非常に速くて、本田さんは発見後、東京天文台に「ハヤクミテクレ ドンドンクダル」と言う電報を打ったほどです。こんなわけで北半球では発見者の本田さん一人しか見ていないことになっていたのですが、実はこうして、もう一人の目撃者がいたわけです。

 監物さんは、のち本田さんの亡きあと、奇しくも倉敷天文台の管理人になったのですが、比較的最近私がおとずれた時、天文台の中を案内してくれました。そのときドームの中のガラクタの中から、私は一枚の反射鏡を発見しました。裏を見るとガラス切りで”坂本”のあざやかなサインがありました。
 そうです!これは1940年10月、鳥取県で「岡林−本田彗星」を独立発見した宝物の10cmの反射鏡だったのです。ガラクタの中から発見されたこの貴重な宝物は今、一体どうなっているのでしょうか。1940年9月。謎の早いスピードの天体(地球に大接近した彗星?)を発見した鏡でもあります。
 その後、この天文台のドームは解体されたという事です。やはり、主人公を失うと後は悲しい運命が待っているものでしょうか。
 戦前に初の民間天文台として設立して、天文学の普及のために大いに貢献してきた施設です。今後のさらなる発展に期待したいものです。


IMG_3886
にほんブログ村 科学ブログ 天文学・天体観測・宇宙科学へ
にほんブログ村