中浜万次郎が漁業中に遭難して鳥島に流れ着いたとき、アメリカの捕鯨船「ジョンホーランド号」が現れて助けられ、万次郎はアメリカに向かった。1843年の事で、船が南米のホーン岬を通過するとき、南の空に巨大なホウキ星が見えた。これが有名な”3月の大彗星”と呼ばれるホウキ星で、尾の長さは実に3億5千万キロ(太陽と地球の距離の2倍)以上もあったという。
近日点を通過するときの太陽までの距離は0.005天文単位で、有名な「太陽をかすめる彗星群」に属する彗星であった。因みに1965年の「イケヤ・セキ彗星」は0.006天文単位。これらの彗星は約100万度と言われる太陽コロナの洗礼を受ける運命にあった。それでも蒸発せずに生き残ったのは、これらの彗星が特に巨大な氷で出来ていたためであろう。
”3月の大彗星”は、ヨーロッパ各地にその記録が残されている。中でもフランスのパリの空にかかる長い尾を曳く彗星の姿は有名である。日本にも浮世絵風な絵で残されている。このころには写真がまだ実用化されていなかった。1882年になって同じ太陽をかすめるグループの彗星(9月の大彗星)が現れた時、アメリカのバーナード博士が、初めて写真に収めた。核は四つに分裂したが、それぞれの核が虹の様な光の橋でつながれる等、数々の不思議な現象を発見した。嗚呼、不可解なのは彗星!!
(挿絵はパリの空に輝く3月の大彗星)


にほんブログ村
近日点を通過するときの太陽までの距離は0.005天文単位で、有名な「太陽をかすめる彗星群」に属する彗星であった。因みに1965年の「イケヤ・セキ彗星」は0.006天文単位。これらの彗星は約100万度と言われる太陽コロナの洗礼を受ける運命にあった。それでも蒸発せずに生き残ったのは、これらの彗星が特に巨大な氷で出来ていたためであろう。
”3月の大彗星”は、ヨーロッパ各地にその記録が残されている。中でもフランスのパリの空にかかる長い尾を曳く彗星の姿は有名である。日本にも浮世絵風な絵で残されている。このころには写真がまだ実用化されていなかった。1882年になって同じ太陽をかすめるグループの彗星(9月の大彗星)が現れた時、アメリカのバーナード博士が、初めて写真に収めた。核は四つに分裂したが、それぞれの核が虹の様な光の橋でつながれる等、数々の不思議な現象を発見した。嗚呼、不可解なのは彗星!!
(挿絵はパリの空に輝く3月の大彗星)

にほんブログ村
コメント
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。