日本では、大昔から時刻を知るのに、様々な日時計が使われたのは周知のとおりである。土佐24万石の山内家の殿様の居城「高知城」には、お昼を知るための紐を使った「正午計」があった。高知市の海岸「種崎」には、比較的新しい巨大な日時計があった。また安芸市には明治時代に入って、近代的な「時計塔」が出来て、野良で働く住民に時を知らせた。
 ところが私たちの子供のころの記憶では「お昼のドン」という言葉があった。つまり正午になると高知城の三ノ丸で大砲(空砲)を撃って、全市民に正午を知らせた。

 ところが戦時中になると、大砲が軍によって回収され、同じ場所で、今度は寺院の巨大な鐘を打つようになった。朝夕の6時に6回打ち鳴らす優雅な鐘の音は、当時静かだった18万の高知市の全土に響き渡った。車もほとんど通らず、1日の生活に疲れた市民の心にほっとした安堵を与えた。
 冬の日の朝6時、いつものように彗星の捜索を終えて、ほっとした心で、明け染めてくる暁天を望む憩いのひと時、まだ町の活動の始まらない空に静かに響く鐘の音は、収穫のない私の心に慰めと勇気を与えてくれた。また夕べの6時に打ち鳴らす鐘の音は、一日の仕事につかれた市民の心に、安堵と、明日への希望を与えてくれたのである。

朝焼けの中に輝く「イケヤ-セキ彗星」1965年10月

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