ニュースで「タイタニック号」観光の小さな潜水艇が深海で遭難したことを知った。その時思い出したのが、海難救助艇の「荒天号」の事であった。これは全長20mの潜水艦で、今から70年も昔に、高知市の一発明家によって考案製作された。それが東亜天文学会の1青年会員だったことを知ったら、驚くだろうか。この人の名は名誉保全のために「S氏」と呼んでおこう。
 S氏は高知市に在住する発明家であった。家は鉄工所。習字の時に使う墨の回転自動摺り器を考案し特許を取得したり、終戦直後のガソリンの欠乏した時代に、リヤカーを改造した人力の”国策ハイヤー”を考案したり、果ては海難救助のための潜水艇まで設計製作した。”荒天号”と言う名称はそのためにつけられたものである。

 この「荒天号」は頑丈な構造で、かなりの深海まで潜れる設計になって居た。高知県は海難事故が多く発生した。海難事故のさい、荒れる海面より海中なら、安全に人を送って救助できるだろう、と言うのがその主な目的であったらしいが、実際には海中に潜りながら、日本列島を一周し探検するというのが彼の抱えた途方もない夢であり、希望でもあった。中でも足摺岬付近には前人未到の洞窟がある。そこは昔、東シナ海を荒らしまくった海賊どもの宝物の隠し場所になっている、と言う話をたびたびしていた。そしてついにSさんは高知港から自作の潜水艇に乗り込み、多くの関係者に見送られて、晴れの日本一周の旅に出発したのである。
 しかし、この時を最後としてSさんは、我々の前に姿を現すことは無かった。

(写真は、高知市の桂浜に展示されてあった、その後の荒天号。傍らの立て看板には「多くの若者に科学する夢と希望を与えた」と書いてある。)

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